IBS|WORLD FAMILY INSTITUTE OF BILINDUAL SCIENCEIBS|WORLD FAMILY INSTITUTE OF BILINDUAL SCIENCE

ワールドファミリーバイリンガルサイエンス研究所

日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2019.12.23

医学界でも急がれるバイリンガル研究〜脳腫瘍の摘出手術中に明らかになるバイリンガル脳〜

医学界でも急がれるバイリンガル研究〜脳腫瘍の摘出手術中に明らかになるバイリンガル脳〜

バイリンガルの脳がどのように働いているかということは、医学の進歩によって少しずつ解明されてきました。日本で脳腫瘍と診断される人は年間2万人以上と言われていますが、近年は、バイリンガル脳腫瘍患者の手術によって、バイリンガルはモノリンガルとは異なる脳領域も使って二つの言語を話しているということが世界各国でわかってきています。

Image by Pete Linforth from Pixabay

 

【目次】

 

医学の進歩がバイリンガル研究に貢献

人間が言語を理解したり話したりするときには、脳の特定の部位がその機能を担っていることがわかっており、「ウェルニッケ野」や「ブローカー野」は言語に関わる脳領域として有名です。言語と脳の関係についての研究は、言語学のなかでは比較的新しい分野であり、19世紀後半から医学の進歩とともに少しずつ解明されてきました(村山, 2007)。

脳梗塞や脳腫瘍など、病気や怪我などで脳が何らかのダメージを受けると、話す、聞く、読む、書く、といった言語能力も部分的に損なわれる場合があります。失語症になったバイリンガルの症状を医学的に検査・観察することは、二つの言語を使用する人々の脳を理解することに繋がり、実は、医学とバイリンガル研究は密接に関連しています。

このような研究には100年以上の歴史がありますが(二村ほか, 2015)、 近年は、さらなる医療技術や脳画像技術などの発展により、すでに失語症になった患者を調べるのではなく、失語症をできる限り防ぐために手術中に脳を調べる、ということが可能になりました。

最近の脳腫瘍の摘出手術では、腫瘍をすべて摘出することだけでなく、患者の言語や思考、記憶などの高度な知的機能を担っている脳部位をさまざまな方法で調べたうえで、それらを摘出したり傷つけたりしないように手術を行うことも重視されています(宮本ほか, 2003)。

しかしながら、脳内のどの部位が言語などの機能に関係しているかということは、手術前の検査では完全に特定することが困難です。

そのため、手術中に麻酔を緩め、脳に直接電気刺激を与えたときに患者の発語や筋肉の動きに影響が見られるかどうかを観察して調べるのです。

このような手術は「覚醒下手術」と呼ばれ、手術中に患者と会話をすることができるため、特に言語機能を担う脳領域を確認するために有効であると考えられています(丸山ほか, 2013)。手術に関するガイドラインができて10年ほどしか経っていませんが、すでにバイリンガル患者に対する覚醒下手術がいくつか報告されており、手術中の脳検査によって、バイリンガルが第一言語にのみ関わる部位、第二言語にのみ関わる部位、両言語に関わる部位などが明らかになってきました。

 

日本で行われたバイリンガル脳腫瘍患者の手術

日本では、覚醒下手術をブラジル出身のバイリンガル患者に対して行って得られた知見が2015年に発表されています。患者は、20年前に来日してから日本語を習得し、第一言語はポルトガル語、第二言語は日本語ですが、主に日本語を使用して生活していました。

この研究論文(二村, 2015)によると、手術中、脳に電気刺激を与えながら、呼称課題(例:車の絵が描かれているカードを見せてその名称を言ってもらう)などを行ったところ、ある部位を刺激すると、ポルトガル語でも日本語でも名称を言えなかったり、実在しない新造語を言ったり(車の絵を見せたときに「とろばん」と言う)する症状がありました。

また、別のある部位を刺激すると、第二言語の日本語では正答できるにもかかわらず、第一言語のポルトガル語では名称を言えない、発音が歪む、ポルトガル語で質問されているのに日本語で答える、というように、ポルトガル語のみに障害が見られました。

手術後はポルトガル語でも日本語でも障害の悪化が見られず、両言語の機能を損なわず腫瘍の摘出に成功したことが報告されています。

つまり、この患者の脳には、両言語の機能を担う共通領域と、第一言語(ポルトガル語)のみの機能を担う特異領域が存在していたのです。そして、一般的には第二言語のほうがより広い脳領域を使うと考えられていますが、今回の手術を受けた患者の場合は逆であり、第一言語であるポルトガル語のほうがより広い脳領域を使っていました。

この研究者らによると、第二言語を習得した年齢が幼少期であるバイリンガルや第二言語の習熟度が高いバイリンガルほど両言語で同じ脳領域を使い、逆の場合は、第二言語を使用するときのみ使う脳領域が比較的多いことがわかっています。この患者の場合は、大人になってから日本語を第二言語として身につけましたが、20年以上日本で暮らし、家庭でも職場でも日本語を使い、日本語のほうが話しやすいと本人も感じていました。

それまでの言語環境や言語能力がどのように言語機能を担う脳領域に関係しているのかはまだ明らかになってないものの、少なくとも、それらが個人差を生み出す要因の一つである可能性が高く、バイリンガル患者の言語機能を温存しようとする場合には、二つの言語で調べることはもちろん、個人差があることを考慮しなければならないという結論が出されています(二村, 2015)。

この研究論文により、バイリンガルの脳がモノリンガルと異なるだけでなく、同じ「バイリンガル」であっても、言語環境や言語能力は多様であり、脳の働きに個人差があることが科学的に示されたと言えます。また、このバイリンガル患者の場合は、発音や文法などの知識・技能面では第一言語のほうが優れているにも関わらず、第二言語よりも脳を働かせる必要がありました。

「言語能力」といっても、知識や技能だけでは判断できず、使用頻度や親近感なども関係する可能性があることがわかり、バイリンガルへの理解がより深まる研究結果です。

 

医学界でもバイリンガル脳に関する理解が急がれる

日本よりもバイリンガルやマルチリンガルが多い海外では、より大規模な研究も行われています。例えば、覚醒下手術を受けた脳腫瘍患者54人(モノリンガル35人、バイリンガルまたはマルチリンガル19人)を対象にした研究結果がフランスで2004年に発表されました。

手術中には、ものの名前を言う、文章を読む、という2種類の課題を患者に行ってもらい、脳のあらゆる部位に電気刺激を与えたときの影響が観察されました。結果、どちらか一方の課題にのみ影響する(例:発語が停止するなど)場合が多いこと、文章を読むときのほうがより広い領域が関わっていることがわかりました。

さらに、バイリンガルは、モノリンガルよりも多くの脳領域が言語機能に関わり、両言語に影響する共通領域とどちらか一方の言語に影響する特異領域がありました(Roux, 2004)。前述の日本の研究結果は、この結果と一致し、モノリンガルとバイリンガルの脳の働きは異なる、という説に新たな証拠を加えたことになります。

2019年5月には、シンガポールでもバイリンガル患者(第一言語:ヒンディー語、第二言語:英語)に対する覚醒下手術中の検査が行われ、両言語とも手術直後の障害を生じさせることなく腫瘍摘出に成功したことが報告されました。この研究でも、両言語の機能を担う共通領域と一方の言語のみの機能を担う特異領域が確認されています。

一方で、日本の研究結果と同様に、先行研究と異なる結果もあることから、第二言語を習得した年齢の違いが要因である可能性も示されました。シンガポールは、二つ以上の言語を使用するバイリンガルが多いことで有名です。

そのため、脳腫瘍の摘出手術を行ううえで、バイリンガルの脳神経ネットワークやその多様性・複雑性について理解を深めることが重要であると結論づけられています(Jain et al., 2019)。

日本で脳腫瘍と診断される人は年間2万人以上であり、社会の高齢化に伴い、また、無症状であってもCTやMRI検査で腫瘍を発見できるようになったことから、その人数は増加しています(成田&渋井, 2015)。日本に住む外国人がこのまま増えていけば、バイリンガルの脳腫瘍患者やその手術件数も増えていく可能性は十分にあり、日本の医学界でもバイリンガルに関する理解が急がれます。

モノリンガルとバイリンガルの脳の働きは異なることが科学的に実証されてきた今、あらゆる学術分野が連携してバイリンガルの脳を解明することは、日本に限らず、世界中の医学にとって極めて重要になってきているのです。

 

参考文献

Jain, S., Chan, H. Yeo, T. T., and Teo, K. (2019). Language Mapping of Hindi and English in a Bilingual Patient During Resection of a Right Frontal Glioma. World Neurosurgery, 125, 106-110.

https://doi.org/10.1016/j.wneu.2019.01.153

 

Roux, F.E., Lubrano V., Lauwers-Cances, V., Trémoulet, M., Mascott, C.R., and Démonet, J.F. (2004). Intra-operative maping of cortical areas involved in reading in mono- and bilingual patients. Brain, 127(8), 1796-1810.

https://doi.org/10.1093/brain/awh204

 

成田善孝、渋井壮一郎(2015).「脳腫瘍の治療結果を可視化する大規模データの収集・臨床試験の必要性:脳腫瘍全国集計調査報告の活用について」.『脳神経外科ジャーナル』, 24(10), 699-704.

https://doi.org/10.7887/jcns.24.699

 

二村美也子、古場伊津子、前澤聡、藤井正純、若林俊彦(2015).「覚醒下開頭術中に二カ国語共通領域と一言語特異的領域が確認されたバイリンガルの一例」.『高次脳機能研究(旧 失語症研究)』, 35(4), 356-362.

https://doi.org/10.2496/hbfr.35.356

 

丸山隆志、村垣 善浩、新田 雅之、齋藤 太一、田村 学、伊関 洋、岡田 芳和(2013).「覚醒下手術の現状と課題」.『脳神経外科ジャーナル』, 22(8), 597-604.

https://doi.org/10.7887/jcns.22.597

 

宮本亨、三國信啓、池田昭夫、大東祥孝(2003).「脳外科疾患と高次脳機能障害:言語機能温存のためのアプローチ」.『高次脳機能研究』, 23(3), 219-223.

https://doi.org/10.2496/hbfr.23.219

 

村山潤子(2007).「第2章 2.1 神経言語学研究の歴史」. 河野守夫、井狩幸男、石川圭一、門田修平、村田純一、山根繁(編),『ことばと認知のしくみ』(pp. 55-64). 東京: 三省堂.

 

 

PAGE TOP