IBS|WORLD FAMILY INSTITUTE OF BILINDUAL SCIENCEIBS|WORLD FAMILY INSTITUTE OF BILINDUAL SCIENCE

ワールドファミリーバイリンガルサイエンス研究所

日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2018.08.03

「なぜバイリンガルに?」世界のバイリンガル歴史 〜多民族国家⑤:パプアニューギニア編〜

「なぜバイリンガルに?」世界のバイリンガル歴史 〜多民族国家⑤:パプアニューギニア編〜 地図データ©2018 Google、ZENRIN

 

世界で最も言語の多い国として知られる、元オーストラリア領のパプアニューギニア。異民族間の共通語が現地の言語ではなく英語を土台にして発達した、という点が特徴的な国です。

 

パプアニューギニアで話されている言語

国内で話されている言語は、世界最多の800以上であり、世界中に存在する言語のうち12%を占めます(Central Intelligence Agency, 2018)。「数キロ移動すると別の言語になるような状況」であること、例えば、約3万人が生活する大きな町マダンには、出身の村により母語が異なり、その言語数は約500であることなどが研究者により報告されています(野瀬, 2014)。

公用語は三つあり、英語、トクピシン語、ヒリモツ語です。総人口に対する各言語を使う人口の割合は、下図の通りです。

各言語の使用者数は、近年調査されておらず、Ethnologue(Simons et al, 2017)による発表やその参考元の文献資料を元に推測したデータである。また、各文献資料も10年以上前のものである。よって、割合が正確でない可能性や、現状とは異なる可能性がある。

出典:Crystal(2003)※左記資料をもとにIBS表作成。Crystal(2003)による第一言語・第二言語使用の推定人口は2001年の概算人口(5,000,000人)と比較されているが、本グラフにおいては、The World Bank(2017)発表の2001年時点の総人口(5,716,152人)に対する割合を示した。

 

出典:Simons et al(2017)※左記資料をもとにIBS表作成。第一言語・第二言語使用の推定人口は2004年発表のものであるため、本グラフにおいては、The World Bank(2017)発表の2004年時点の総人口(6,161,517人)に対する割合を示した。

 

出典:Holm(1989)※左記資料をもとにIBS表作成。Holm(1989)による第二言語使用の推定人口は1970代初頭のものであるため、本グラフにおいては、The World Bank(2017)発表の1970年時点の総人口(2,527,586人)に対する割合を示した。また、Ethnologue(Simons et al, 2017)によると、同時期にヒリモツ語を第一言語として使用する 

 

 主に英語が使用される領域は、政府や商業、新聞・書物などの印刷物やメディア、空港やホテルなどの観光関連であり、外国人に対しては英語で話しかける人が多いと言われています。店や市場、町中、職場、教会などの日常生活の場でよく耳にする言語はトクピシン語、次いで英語であり、トクピシン語で書かれた週間新聞や、全番組がトクピシン語で提供されるラジオ局もあります。地方の村落部で話されている言語は、僻地であるほど、部族の言語が主流ですが、外部の人とのコミュニケーションでは主にトクピシン語が使われます。出身地の異なる夫婦はトクピシン語で会話し、その子どもはトクピシン語が母語となります。ヒリモツ語は、主に首都周辺のポートモレスビー周辺で話されている共通語です(野瀬, 2008)。

 このように、 パプアニューギニア人は、どんな場面で誰と話すかによって、言語を使い分けています。

 

言語数が世界一の理由

オーストラリアの北に位置するパプアニューギニアは、日本の約1.25倍の国土面積をもつ島国であり、本島であるニューギニア島の東半分とそのほか600の島により形成されています。紀元前2000年〜3000年からメラネシア人(太平洋諸島の西南地域に住む民族)が複数の地域に住み始めますが、彼らの居住地はそれぞれ密林や高山、湿地、海などによって隔たれ、往来が困難でした。このような地理的な要因により、大きな地域社会が形成される、というようなことが起きず、規模の小さな居住地ごとに部族(コミュニティとも呼ばれる)へと分かれていき、それぞれの言語が発達していったのです(The Commonwealth, 2018)。

 この時代から残る多数の言語はパプア諸語と呼ばれ、単語や文法などの共通性がない言語もあります。パプアニューギニアの地に人類が初めて住み始めた時期は4万年前であり、この歴史の長さも言語の多様化に影響しているとも言われています(A.V., 2017)。また、パプアニューギニアの言葉「ワントク(Wantok)」(語源は英語のone talkであり、同じ言語、同じ家族、同じ部族という意味)からも、居住地によって分かれていった部族と言語の関わりが深いことが伺えます(太平洋諸島センター, 2011)。

 

外国人との意思疎通のために発達した共通語

全編で紹介したフィリピンにおいて広く使われているフィリピノ語は、国内の異民族同士の共通語として発展していきました。一方、パプアニューギニアで最も広く話されているトクピシン語やヒリモツ語は、外国人とのコミュニケーションのために発達し、欧米諸国による植民地支配時代にさらに普及していきました。

パプアニューギニア国土の大部分を占めるニューギニア島の西半分は、元オランダ領であり、現在はインドネシアの一部です。東半分は、現在のパプアニューギニアの本島であり、1884年以降、北部と南部がそれぞれドイツとイギリスにより分割統治されます。ドイツ領地内では、ドイツ人が領地内での共通語としてトクピシン語を使いました。一方、イギリス領地内では、警察がヒリモツ語を使い始めたことにより普及しました(Litteral, 1999)。

トクピシン語の語彙は、80%は英語を基礎とし、10%は現地語であるトライ語、そのほかドイツ語やインドネシア語が混ざっています(野瀬, 2008: 岡村, 2015)。植民地時代、オーストラリアなどのプランテーションにおけるヨーロッパ人と太平洋諸国出身の労働者のコミュニケーション手段として生まれ、パプアニューギニア出身者がその言語を故郷に持ち帰りました(Thompson, 2016)。トクピシン語に混ざっているトライ語を母語とするトライ族は、「ヨーロッパ人宣教師と最初に接触した」、「ヨーロッパ人との交渉でもうまくやってのけた」、ニューギニアで「一番最初に母語による読み書きができた」と言われています。また、1990年代のトライ族は、英語を教養や近代的な生活の象徴とみなし、「あまり英語のできない人であっても、トライ語と英語を混ぜて使用する」若者が出てきました(岡村, 2003)。パプアニューギニアが独立した1975年、公職者の80%〜95.5%がトクピシン語を業務で使用しているという推定が研究者により発表されました。一方、彼らのうち、トクピシン語をプライベートで使用している人は5%〜20%でした*(Paliwala, 2012)。*トクピシン語使用者の割合は、職務により異なる。

ヒリモツ語は、ニューギニア島南西岸の東に住むモツ族の言葉を簡略化したものであり、モツ族の交易相手(同岸の西に住む異民族など)が使い始めたと言われています。また、イギリス統治時代になると、非ヨーロッパ人を含む多数の外国人がポートモレスビーに移住し、彼らもヒリモツ語を使いました。さらに、警察はモツ語を母語としない人々だったため、現地住民とのコミュニケーションにヒリモツ語を使い始めました。ヒリモツ語の語彙の90%はモツ語を基礎にしていますが、音韻や文法は異なり、英語やトクピシン語、ポリネシア諸語の語彙も混ざっています。なお、第二次世界対戦終了後は、英語やトクピシン語が主流になるにつれ、ヒリモツ語の話者は減少していきました(Holm, 1989)。

この歴史は、現在の言語使用状況にも名残があり、ニューギニア島北部(元ドイツ領)にあるマダンという都市では、トクピシンを話す人が主流です。一方、ヒリモツ語が話されている主な地域は、南部(元イギリス領)にある首都ポートモレスビーです(野瀬, 2008)。

このように現地住民と外国人が意思疎通を図るためにつくりあげたトクピシン語やヒリモツ語のような言語は、「ピジン語」と呼ばれます。そして、それを母語として使う人が現れるようになると「クレオール語」となり、トクピシン語はこの一種です(野瀬, 2008)。一方、前述の通り、ヒリモツ語を母語として話す人は極めて少ないと言われています。

トクピシン語の例

オーストラリア統治政府による英語教育

イギリス領は1906年に、ドイツ領は1920年に、それぞれオーストラリア領となり、現在はそれぞれ「旧パプア地域」、「旧ニューギニア地域」と呼ばれます。

1950年代までの教育は、主にキリスト教の布教(特に聖書の読解)を目的に、各地域の教会によって行われます。この基礎教育および識字教育においては、各地の現地語一つまたは複数が共通語として使用され、政府による統一した指導言語の定めはありませんでした。しかし、1950年代以降は、オーストラリア統治政府によって、すべての学校教育において英語を使用することが決められます。英語の使用を補助金支給の条件とすることで、この方針を教会運営校にも浸透させました。また、この時期に、多数の教師が英語圏からパプアニューギニアへ移住しました(Litteral, 1999)。

第二次世界大戦後、国際連合がオーストラリアに対し、パプアニューギニアの独立を支援するよう命じ、パプアニューギニアは1975年に独立します。この際、学校の授業カリキュラムは、オーストラリアのものを基にしてつくられ、1994年のカリキュラム改革まで、数回の改定をしながら約20年間使われました(国際協力機構, 2017)。

 

低学年は母語で、学年が上がるにつれて英語で教育

 1980年代からは、現地の言語や文化を発達させると同時に、母語による初等教育で識字率を向上させようとする動きが全国へ拡大していきます。NGOによるカリキュラム開発や教師養成の支援もあり、1993年には、全国の学校教育で使われる現地語は250にも増えました(Litteral, 1999)。

1994年以降は、教育制度やカリキュラムの改革が実施されました。現在は、下表に示す通り、低学年は母語またはトクピシン語で学び、学年が上がるにつれ、英語で学ぶ時間が増えていきます。特に中等・高等教育(日本の高校〜大学に該当)を受けるには、英語力が必須です。

 

前述の通り、近年のパプアニューギニアは、教育の普及や識字率の向上を目指し、各地域の母語による初等教育が推進されています。しかしながら、国民一人ひとりにとっては、トクピシン語は他民族とのコミュニケーションに欠かせない言語であり、さらに、過去の歴史から、英語を基礎とするトクピシン語を話せることは、近代的になり、社会的地位を向上させるという認識があります。また、国家全体の観点からも、トクピシン語は「パプアニューギニア人のアイデンティティを確立する言語となる」と述べる研究者もおり、パプアニューギニア人はトクピシン語を話すことで「自らを英語や独語を話す外国人と差異化し、国家を意識できることも学んだ」と言われています(岡村, 2015)。よって、現在の学校教育における主な指導言語はトクピシン語ではありませんが、トクピシン語の話者が減る可能性は低いと考えられます。

 

教育の普及によりバイリンガル・トリリンガルが増加する可能性

最新の国勢調査(National Statistical Office, 2011)によると、5歳〜29歳のパプアニューギニア人の就学率は35%です。また、都市部と地方では、教育の普及率やレベルが大きく異なります。例えば、5歳以上の通学経験者は、都市部で78.0%、地方で53.5%です。18歳までの高等教育を修了した人は、都市部で15.9%、地方で4.6%です。10歳以上の識字率*は、都市部で86.8%、地方で64.6%です。 *パプアニューギニア国勢調査における「識字」は、英語、ピジン語、モツ語、母語のいずれかで読み書きができることを指す。 

現在も、都市部の近代化が進む一方、地方への交通・水道・電気などのインフラ整備が不十分であり、国民の87%は都市部の社会と隔絶された村落部に住んでいます(The Commonwealth, 2018)。このような僻地では、自給自足の生活をする人も多く、学校教員の質や人数不足、初等教育の就学率や成人識字率の低さなどの問題があります。国際協力機構によると、初等教育を中退する子どもが多く、その理由のひとつは「学校までの距離が遠い」ことです(国際協力機構, 2017)。

近年は、鉱物や農水産物などの豊富な天然資源の輸出や、新たな観光資源の開発、旅行者向けのインフラ整備などにより、今後も経済成長が継続することが予測されています。10 また、国民の大部分が住む村落部への教育整備を目指し、国による教育への投資増大や国際協力機構による支援が実施され、インターネットを活用した遠隔教育、通信教育の開発が進んでいます(国際協力機構, 2017)。

パプアニューギニア人は、日常生活において母語+トクピシン語のバイリンガルとなり、さらに学校教育により英語が加わってトリリンガルとなります。多数のパプアニューギニア人が教育を受けておらず、都市部との往来が困難である現状を考慮すると、教育の普及と交通網の整備に伴って英語にふれる機会や必要性が増し、将来的に多数のトリリンガルが育つ可能性は高いと考えられます。

日本語にも多くの外来語が含まれており、特にビジネスの場においては、欧米諸国がリードする業界は特に、英語の業界用語やビジネス用語の使用が増えています。日本には、パプアニューギニアを日本の英語教育の参考にしようとする研究もあり、外国人と意思疎通を図るために生まれたトクピシン語や、母語とトクピシン語のバイリンガルとなったパプアニューギニアの人々は、日本人にとって極めて身近な存在だと言えます。

 

参考文献

A.V. (2017). Papua New Guinea’s incredible linguistic diversity. The Economist. https://www.economist.com/the-economist-explains/2017/07/20/papua-new-guineas-incredible-linguistic-diversity(2018年1月アクセス).

Central Intelligence Agency United States of America (2018). PAPUA NEW GUINEA. The World Factbook. https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/pp.html(2018年1月アクセス).

Crystal, D. (2003). English as a Global Language: Second Edition. Cambridge. Academy for Cultural Diplomacy. http://culturaldiplomacy.org/academy/pdf/research/books/nation_branding/English_As_A_Global_Language_-_David_Crystal.pdf(2018年1月アクセス).

Litteral, R. L. (1999). Language Development in Papua New Guinea. SIL Electronic Working Papers. SIL International. https://www.sil.org/resources/publications/entry/7832(2018年1月アクセス).

Holm, J.A. (1989). Pidgins and Creoles: Volume 2, Reference Survey. Cambridge University Press.

National Statistical Office (2011). Papua New Guinea 2011 National Report: National Population & Housing Census 2011. Statistics for Development Division. http://sdd.spc.int/en/resources/document-library?view=preview&format=raw&fileId=218(2018年1月アクセス).

Paliwala, A.B. (2012). Language in Papua New Guinea: the Value of Census Data. Language and Linguistics in Melanesia: Journal of Linguistic Society in Papua New Guinea. 30(1). http://www.langlxmelanesia.com/Adam%20Paliwala%20Vol.%2030%20No.%201.pdf (2018年1月アクセス).

Simons, Gary F. and Charles D. Fennig (eds.) (2017). PAPUA NEW GUINEA. Ethnologue: Languages of the World, Twentieth edition. Dallas, Texas: SIL International. Online version. http://www.ethnologue.com/country/PG(2018年1月アクセス).

The Commonwealth (2018). Member Countries: Papua New Guinea. http://thecommonwealth.org/our-member-countries/papua-new-guinea(2018年1月アクセス).

The World Bank (2017). Papua New Guinea. https://data.worldbank.org/country/papua-new-guinea?view=chart(2018年1月アクセス).

Thompson, I. (2016). Tok Pisin. About World Languages. http://aboutworldlanguages.com/tok-pisin(2018年1月アクセス).

Tok-Pisin.com(2012). https://www.tok-pisin.com(2018年1月アクセス).

岡村徹(2003).「太平洋諸島の言語と社会」. 『帝塚山学院大学研究論集. 文学部』. 38, 79-98. 帝塚山学院大学. CiNii. http://www.lib.tezuka-gu.ac.jp/kiyo/rTEZUKAYAMAGAKUIN-UNI/r38PDF/r38Okamura.pdf(2018年1月アクセス).

岡村徹(2015).「トク・ピシン研究小史」.『Language and Linguistics in Oceania』. 7. p.29-45. The Japanese Association of Linguistics in Oceania.   http://www.izumi-syuppan.co.jp/web_LLO/pdf/15Okamura.pdf(2018年1月アクセス).

国際協力機構(2017). 独立行政法人 国際協力機構(2017).「パプアニューギニアの概要」.  https://www.jica.go.jp/project/png/1241038E0/00/index.html(2018年1月アクセス).

瀬田智恵子(2003).「パプアニューギニア視察報告」. お茶の水女子大学 メディア教育開発センター. http://www.ocha.ac.jp/intl/cwed_old/eccd/report/annual_report2003/seta(PNG).pdf(2018年1月アクセス).

太平洋諸島センター(2011).「パプアニューギニア」. http://blog.pic.or.jp/images/book/guidebooks/guidebook_png.pdf(2018年1月アクセス).

野瀬昌彦(2008).「クレオールの社会言語学的考察:特にトクピシンとビスラマの状況」. 『麗澤大学紀要』. 87, p.91-113. CiNii. https://ci.nii.ac.jp/naid/110007326547(2018年1月アクセス).

野瀬昌彦(2014).「800以上の現地語が話されるパプアニューギニア—変わりゆくアメレ語の村で−−」. 『Field+:フィールドプラス:世界を感心する雑誌』, no.12, p.10. 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所[編]. 東京外国語大学学術成果コレクション. http://hdl.handle.net/10108/81877(2018年1月アクセス).

吉田信介(2005).「パプアニューギニアにおける言語教育」.『立命館産業社会論集』. 40(4). p.143-158. http://www.ritsumei.ac.jp/ss/sansharonshu/assets/file/2004/40-4_yoshida.pdf(2018年1月アクセス).

PAGE TOP