日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.12.17
ヨーロッパ生まれの教育アプローチ「CLIL」(内容言語統合型学習)は、日本の高校や大学をはじめ、最近は小中学校でも実践が広がっています。しかし、例えば「理科の授業内容を英語で教える/学ぶ」と聞いて、教える側も学ぶ側も、「なんだか難しそう」というイメージをもつ人は多いのではないでしょうか。
そこで今回は、日本CLIL教育学会副会長を務める柏木 賀津子教授(大阪教育大学)への取材に基づき、日本でCLIL授業を行う意義について紹介します。
【目次】
柏木教授は19年間の小学校教員時代、途中で退職してスペインに在住。自身の子どもたちが通う現地の小学校では、さまざまな教科を英語で学ぶことが普通だったそうです。帰国後、小学4年生の外国語活動でWhere do you want to go?(どこに行きたい?)という表現がテーマだった際、子どもたちが毎日星を観察していること、そして、隣のクラスの先生は理科が大好きで天体望遠鏡で毎日星を見ていたことをヒントに、理科と組み合わせた授業を実践。
その先生に協力してもらい、理科の知識(例:星による温度の違い)とそれに関する英語表現(例:too hot/熱すぎる)を同時に学びながら、「どの星に行きたいか」を考えたり、太陽からの距離を単純な縮尺にして「なぜ地表温度が違うのか」などを考えたりする授業を行いました。
―CLILの理論を知る前に、その考え方を実践されていたのですね。
そうですね。CLILのことは知らなかったのですが、これはいいなと思いました。外国語活動では、先生が授業中ずっとがんばり続けなければいけませんし、英会話のインストラクター的なことをするのは無理があると思っていました。
でも、この授業では、子どもたちが英語そのものではなく、「どの星に行きたいか」、「それはどうしてか」という意味のほうに集中するので、授業中は気持ちが楽だったんです。
そのあと大学で研究していたときにCLILの理論を知って、大学院生と一緒にフィンランドの教科横断型の英語の授業をしたときにも、とても安定した授業ができました。「日本はものづくりの国だから」と紙飛行機の揚力を考える授業をしたのですが、現地の子どもたちも先生の英語力や発音を気にすることなく、授業内容に入り込んでくれました。
フィンランドのCLIL 授業も見せていただいて、「これがCLILなら私も普段からやっていたな」、「英語の授業ではそこまでやってこなかったけれど、できるな」と思ったんです。きっと担任の先生はみんなそう感じるし、私のようにCLILに魅了されるから、うまく実践するための道筋をつけたいと思いました。
―海外では、どのような国でCLIL授業の実践が進んでいるのでしょうか?
取り組みに熱心なのはオランダ、オーストリア、イタリア、スペインです。英語がすごく得意、というわけではない国が多いですね。例えばオーストリアだと、もちろん日本人よりは英語ができますが、北欧の人ほどではないため、中高生の英語力と思考力を伸ばしたくて教科連携のCLIL授業を進めている状況です。
CLIL授業は、フィンランドのDavid Marsh(ユバスキュラ大学)が最初に意味づけました。しかし、実はフィンランドではCLILの授業ができる先生がそんなに多くありません。母語が英語の文法と似ていたり、そこまでがんばらなくても英語教育が成功してきていたりする北欧の国では、CLILが広まらないようです。
ただ、スウェーデンでは、いま21世紀型スキルということでSDGs(※1)も学校教育に入ってきて、「科学の国」として情報発信していくためにもプレゼン力や教科連携が必要だ、ということで今もう一度CLILに着目する人が出てきているようです。いまベトナムやタイでも興味をもたれていて、韓国もCLILに取り組んでいます。
フィンランドの小学校で実践されたCLIL授業「Paper Plane:飛行機の揚力を考える」
©Kashiwagi Kazuko & Ito Yukiko, 2020
出典:柏木・伊藤(2020)
筆者らは、小学校外国語科だけでなく中学校外国語科や、全ての校種の英語教育全般にCLILを積極的に取り入れることで、「日本ならではの授業」を世界に発信することができ、教員を目指す学生らの複合的視野を拡げることができると確信している。
―CLILはヨーロッパだからうまくいっているのではないか、というイメージをもつ人も多いと思いますが、いかがでしょうか?
スペインは、いまは国を挙げて一生懸命取り組んでほぼ成功していますが、失敗だと言われている時期もありました。先生の授業力不足や教材不足があって、うまくいかなかったんです。
実は、日本の担任の先生は、英語への苦手意識があったとしても、授業力は高いのです。
―「授業力が高い」とは具体的にどういうことでしょうか?
授業がうまい先生は、先生が中心ではなく、生徒たちが主体的に取り組むようなアクティブ・ラーニングの授業ができます。ただ、活動ありきだと、これはまたあまり学びがないので、先生の話を聞かせる部分と組み合わせることができる先生だと思います。
それから、生徒の反応をもとに授業を組み立てることができる先生です。子どもたちがおもしろくなさそうな顔をしているときに、何か工夫をしようと感じられる先生が、どの教科でも授業が上手だと思います。CLILは、授業を工夫するのが上手い先生の心をつかみます。
―CLILに興味をもつ先生は、子どもたちをワクワクさせたいという意欲が高い先生、ということでもあるのでしょうか?
そうですね。「子どもたちが楽しんで自分から表現したくなるような授業をしたいけれど、英語だから無理だ」と思っている先生たちが何かを変えたいと思っているところにマッチするのだと思います。8年間、毎年フィンランドの学校を訪問してCLILの授業を30種類くらいつくってきたのですが、日本の大学院生は工夫を重ねることが得意です。
高度なICTシステムをもっている海外の国でも、ただデジタル教科書を見せるだけ、子どもにシャドーイングや簡単なペアワーク、ゲームなどをさせたりするだけ、という先生はたくさんいます。それからすると、日本の先生は工夫するのが好きです。
―CLIL授業は、日本だからこそうまくいく可能性もありますか?
フィンランドは国策として教育改革をしてきたため、先生がそこまでがんばらなくても英語教育が軌道にのっている国です。また、仕事と家族の時間バランスを大事にするので授業もあっさりしています。
一方、イタリアなどの国では、英語力向上に政府が熱心で、「CLILをやりなさい」と言ってしまいましたが、これには抵抗がたくさんあり、その教員研修はなかなか大変なことです。ですから、興味をもった人がCLIL授業を始めてくれている、という日本の状況は良いのではないかと思っています。
それから、日本の先生は日本の教育があまりうまくいっていないと思い込んでいる傾向がありますが、決してそんなことはありません。PISA(※2)で数学や理科はトップのほうですよね。でも、教育予算は少なく、まだ40人という大人数で授業をしている。
ヨーロッパから見ると、なぜ日本がそんなに学力のレベルが高いのか不思議なんです。でも、工夫を重ねている日本の授業を見たらわかると思います。
―海外よりも日本のほうがうまくいっている教育もあるのですね。
同じCLIL授業を日本と海外でやることが多いのですが、理科のCLIL授業をしたときには、日本の子どもたちは実験道具を使うのに慣れていて素晴らしい活動になっていましたね。海外の多くの国の子どもたちは、小学校であまり実験をしないので、それが理由で同じ授業ができなかったことがありました。
日本は理科室や実験道具が揃っているという環境が普通に見られ、良い形で授業をしていて、しっかり学力を育てているわけですから、先生たちはもっと自信をもったらいいかなと思います。
「STEAM(※3)」という言葉も、どこかの国で素晴らしいものがあって、それを日本がもらっているような感じに思えますが、実は海外よりも日本の理科教育のほうがSTEAMをやってきています。ですから、日本のやってきた良さに何を足せば、もっと21世紀の社会に貢献するようなSTEAMになるのか、ということを考えればいいんです。そこで私は、STEAM教育を英語でやるCLIL授業、ということをの研究テーマにしています。
英語を使って理科の実験をするCLIL授業「表面張力の不思議」
©Kashiwagi Kazuko & Ito Yukiko, 2020
出典:柏木・伊藤(2020)
―先生がCLILの考え方を知ると、どのような変化がありますか?
いま大学院で教職課程を教えているのですが、CLILは先生の授業力を育てます。いまは教科横断というやり方が大事になっていますが、それは、数学だけ、理科だけ、というように一つの教科知識だけで解決できるような問題がないからです。
新しいことを解決するときには、さまざまな分野の知識・技能を組み合わせなければできません。CLILは、いまの新しい教育課程に入ってきている、生徒が考えて表現するアクティブ・ラーニングや21世紀型スキル、SDGsにも関係します。
寝屋川市の学校に6年くらい助言を行わせていただきましたが、先生たちは「良い授業をしたい」、「子どもたちが生き生きするような授業をしたい」とおっしゃいますので、どのように授業を変えていったらいいかと話し合いながら、必要な段階がきたらCLILの考え方を話すようにしています。
ただ、先生たちは、新しい用語はちょっと抵抗があるんですね。例えば、「フォニックス」という用語も、いまはだいぶ認知されていますが、最初のころは「そんなのできない」となりました。ですから、「CLILをやりましょう」ではなく「英語を使って良い授業をしましょう」ということを自分の中の芯としてもっています。
―先生たちの意識も変わるのでしょうか?
CLILは、先生たちの考え方も変えていきます。CLILがCatalyst(媒介)になって、先生たちの力を育て、英語を社会と結びつけられるようになります。例えば、貧しい子どもたちがいる一方で、こちらではたくさんの食べものを捨てている、という食品ロスの問題。そういうことに問題意識をもつ、ということに英語の先生も参加していかなければなりません。
CLILのような授業の取り組み方は、身近な社会とのつながりを大切にしていくという考え方を育てるのに有効です。ですから、教員養成への熱が高い国では、CLILへの一定の注目度があるのではないかと思います。
それから、CLILでは、自分とは全然違う得意分野をもつ人と協力するとシナジー(相乗効果)が生まれると言われています。
これは、interdisciplinary approach(学際的アプローチ)と呼ばれていて、学習指導要領にも入っている考え方です。実際、英語科の先生だけでつくる授業、理科の先生だけでつくる授業よりも、異分野の先生同士がつくる授業のほうがとても多面的な授業になります。すると、個々に得意分野が違う生徒にとっても良い授業になると思います。
異分野の人同士が組むと、議論が白熱して、ときには口論になることもあるかもしれませんが、お互いに相手の専門を尊敬(リスペクト)して、ここを乗り越えないといけません。国も職業も違う人同士が一緒に働くシチュエーションはいまとても多いわけですから、違う者同士が一緒に働くことを経験する、という意味でもCLIL授業への取り組みはすごくおもしろいと思います。
―英語を使って教科内容を学ぶとき、子どもたちにとって英語の学びが少なくなったりしないのでしょうか?
そういうふうになると本当のCLILではありませんね。第二言語習得の理論上、子どもたちがインプットからintake(吸収)することは大事です。でも、インプットをまだしていない段階で「アウトプットをもっとがんばりましょう」と逆のことをしてしまう先生もいます。
CLILに限らず、小学校の英語の授業で子どもたちが英語をある程度好きになるためには、まずは「聞いていてもいい時間」が必要です。例えば、先ほどの星の授業だったら、「昨日こんな星を見たんだけど、ここに行ってみたいな」と英語で言う先生の話を聞きながら、英語ってそんなふうに使うんだなと思いながら聞いている時間です。そのときに、聞いているだけではおもしろくないので、カードを使って紹介したり、体を動かしたりしながら理解させる。そして、先生が何かおもしろい材料を持ってくる。グラフを見ながら「どっちが大きい?」、「どっちが熱いと思う?」という英語のやりとりをする。
こういうふうに自然に内容と出会わせる英語のインプットがなければCLILの授業はうまくいきません。そこにCLILと第二言語習得理論の整合性があるので、CLIL授業でインプットに時間をかけることには意義があります。
―子どもたちが「難しい」と感じさせないためには、インプットが重要ですね。
CLILでは、scaffolding(足場かけ)と言うのですが、はしごをかけることが大事なんです。例えば、建築中の家には足場が組まれていますよね。まだ建築中だから上に登れないけれど、足場があると登れます。
この足場は生徒たちが育ってくるとはずしてもいいわけです。このはしごをかけるために、いろんな図を見せたり、重要な語彙を4種類に分けて(※4)うまくゲーム的に出会わせておいたりする。そのあとに、speaking frame(その授業で学習目標とする文型)を使って、先生が会話のデモを聞かせる。「今日はこれをやるので練習しましょう」と文型の提示を最初にもってきてしまうと、他教科のことを扱っていたとしてもCLIL授業にはなりません。
生徒たちが使えそうな表現を自ら見つける時間をとってあげてほしいのです。生徒が難しいと感じるときは、おそらく何か足場かけが抜けているのだと思います。CLILの良さを知ってもらうためには、担任の先生にもできる方法が必要ですね。
(※1)国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で2030年に向け世界全体が共に取り組むべき普遍的な目標として設定された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。SDGsを達成するためには、人文・社会科学と自然科学といった異なる分野の連携が重要だと考えられている(文部科学省, 2018)
(※2)Programme for International Student Assessmentの略称。OECDが中心となって運営する国際的な学習到達度に関する調査。2018年は、79カ国・地域でおよそ計60万人の15歳児が対象となった。日本では国立教育政策研究所が調査を実施し、国際比較で「読解力」は第15位、「数学的リテラシー」は第6位、「科学的リテラシー」は第5位だった(国立教育政策研究所, 2019)
(※3)Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics等の各教科での学習を実社会での課題解決に生かしていくための教科横断的な教育。文系・理系の両方をバランスよく学び、幅広い分野で新しい価値を提供できる人材を養成するため、「総合的な学習の時間」や「総合的な探究の時間」、「理数探究」等における課題解決的な学習活動の充実を図るよう提言されている(教育再生実行会議, 2019)。
(※4)例えば、算数の図形に関するCLIL授業で出会う語彙は、1)「教科特有の語彙」(例:circle)、2)「他にも使える応用の高い語彙」(例:center)」、3)「その内容では何度も使いツールになる語彙」(例:about)、4)「教科特有の概念についてコミュニケーションする際に大切な語彙や連語」(例:sharp)に分けることができる(柏木・伊藤, 2020)。
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【取材協力】
柏木 賀津子教授(大阪教育大学 連合教職実践研究科 高度教職開発部門)
<プロフィール>
第二言語習得理論(SLA)や小中連携の英語教育を専門とし、日本やフィンランドでのCLIL授業研究を行っている。奈良市立小学校教員19年、奈良市教育委員会指導主事2年、京都大学 人間環境学研究科 後期博士課程修了、ユバスキュラ大学(フィンランド)応用言語研究所 客員研究員を経験。動詞研究から見た文構造の指導、CLILの思考と言語、21世紀型スキル、フィンランドの教育について研究。小学校英語教育学会 常任理事、中部地区英語教育学会 理事、日本CLIL教育学会副会長。
【柏木教授による小・中学校でのCLIL授業実践(動画)】
https://www.kashiwagi-lab.com/clil-movie-小-中学校/