日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2020.09.09
論文タイトル:
Individual differences in child English second language acquisition: Comparing child-internal and child-external factors. (2011)
子どもの第二言語としての英語習得における個人差:子どもの内的要因と外的要因を比較して(2011)
著者:Johanne Paradis
ジャーナル:Linguistic Approaches to Bilingualism; 1(3): 213-237
アクセス:https://www.jbe-platform.com/content/journals/10.1075/lab.1.3.01par
要約:Paul Jacobs
翻訳:Yuri Sato
・子どもが家庭で第二言語(英語)を習得するスピードには、内的要因と外的要因が影響する。
・最も影響力のある内的要因は、音韻の短期記憶と分析的思考の能力だった。
・最も影響力のある外的要因は、英語にふれる期間の長さと英語環境の豊かさだった。
子どもの言語は、生まれて初めてことば(初語)を発したときから大人と同じくらい正確に話せるようになるまで、一人ひとり異なるスピードで発達していきます。早く発達する子どももいれば、ゆっくり発達する子どももいます。
一人目の子どもよりも二人目の子どものほうが早い時期に初語が現れる、など、きょうだい同士でも発達スピードの違いが見られます。このような個人差を生み出す要因は数多くありますが、今回は、主な要因を二つご紹介します。
子どもの言語発達に影響を与える「内的要因」と「外的要因」です。
内的要因は、子どもの内面的な働きを扱うものであり、具体的には、脳や認知に関わります。言語発達に影響する内的要因には、年齢(Hyltenstam 2018)、短期記憶、言語適性(分析的思考やカテゴリー化の能力)(Zhou, Rossi, and Chen 2017)、認知的成熟度などがあり、第二言語習得の場合には、第一言語の存在も影響します (Unsworth 2007)。
外的要因は、子どもの心や意識の外部にある周囲環境で起こるものを扱います。今回取り上げるParadis (2011)の研究論文では、言語インプットの質と量、家庭の社会経済的地位が調べられています。
Paradis (2011)は、第二言語習得スピードの個人差に最も影響を与える要因を特定するため、内的要因と外的要因を比較しながら調査しました。子どもの第二言語(L2)習得については、具体的には、語彙発達と形態(発話における文法的要素)発達のスピードが調べられています(英語の形態発達に関する詳細は、Jia and Fuse 2007をご参照ください)。
子どもは、内的要因と外的要因の両方から影響を受けます。親や教師は、子どもの第二言語習得に関係するこれら二つの影響要因について明確な知識と理解を深めることで、子どもたちの個人差に直面したとき、その状況をより全体的な視点から捉えられるようになります。
研究に参加した子どもは計169人で、年齢は4歳10カ月〜7歳0カ月(平均5歳10カ月)。全員、英語が第一言語(L1)として使われていない国からカナダのトロントへ移住してきました。
子どもたちが初めて英語にふれた年齢は、平均2歳以降です。家族の出身国はさまざまで、子どもの第一言語は、1)中国語(北京語、広東語)、2)南アジア言語(ヒンディー語、パンジャーブ語、ウルドゥー語)、3)スペイン語、4)アラビア語のいずれかでした。時制によって動詞の形が変わるなど、動詞の形態が英語と同じような特徴をもっている言語もあれば、そうでない言語もあります。
文法的な意味を表す要素は、例えば、単数形と複数形 [-s](a pitcher / pitchers)、規則動詞の過去形 [-ed] と不規則動詞の過去形(she kicked / he broke)などがあります。英語のように変化する語尾をもたない言語もあり、中国語はその一つです(Lin 2001)。
この研究は語彙発達と形態発達の両方に焦点を当てているため、子どものL1における形態的特徴の違いも、L1がL2習得に及ぼす影響を判断するうえで重要になります。
データ収集の対象となった子どもたちの内的要因・外的要因は以下の通りです。
<内的要因>
・英語の検査を受けたときの月齢
・英語にふれ始めた月齢
・音韻の短期記憶(数字や無意味語を聞いて復唱する検査の結果)
・分析的思考力(非言語性IQテストの結果)
・L1と英語における形態的特徴の類似性
<外的要因>
・英語にふれている月数
・家庭で話されている言語における英語の割合
・年上のきょうだいの人数
・母親の英語力(自己評価)
・母親の就学年数
・学校外における英語環境の豊かさ
統計的な分析に基づき、英語(L2)の語彙発達と形態発達に最も大きな影響を与える内的・外的要因が明らかになりました。なお、語彙知識の検査では、語彙を聞いてそれを表す絵を選ぶ「Peabody Picture Vocabulary Test」を使って理解語彙の量が調べられました。形態知識の検査では、「Test of Early Grammatical Impairment」と呼ばれるテストが使われました。
影響力が最も強い内的要因は、「音韻の短期記憶」と「分析的思考」でした。
これら二つの検査で高いスコアを出した子どもは、言語発達の検査でも高いスコアを出したのです。ただし、L1の形態的特徴が英語に似ている子どもは英語の発達レベルが高いこともわかりました。
一方、L1と英語が形態的に異なる子どもの場合は、L1がどの言語であるかということによる影響は見られませんでした。つまり、英語と形態的に似ている言語であれば英語発達に良い影響を与えますが、そうでない言語の場合は良い影響も悪い影響も与えない、ということです。
日本語は、この研究に参加した子どもたちの家庭では話されていませんでしたが、動詞の過去形の活用に関して、英語と構造が似ている点がいくつかあります。日本語には、過去を表す動詞の活用形 [-ta](た)がありますが、これは、英語の [-ed] に似ています (Winskel and Padakannaya 2014)。
例えば、日本語の「ボールを蹴った」と英語の “She kicked the ball.” を見ると、両言語で動詞の活用が似ていることがわかります。しかし、同時に、日本語と英語の文法では、異なる点もたくさんあります。
よって、この研究結果に関して考察すると、両言語で似ている文法的特徴のみL1の知識がL2習得時に転移する、という可能性はあります。ただし、日本語については分析されていませんので、100%の確信をもって言うことはできません。
英語の発達テストでの高スコアに最も影響していた外的要因は、「英語にふれる期間の長さ」と「英語環境の豊かさ」でした。
子どもたちの英語への接触期間は、3カ月から62カ月の間であり、期間が長い子どもほど高いスコアを出したのです。英語環境の豊かさとは、ビデオゲームで遊ぶ、テレビを見る、読書、組織化された活動(目的をもって組み立てられた遊びやレッスンなど)、友だちと遊ぶ、というような、英語が使用される場面の種類と、これらの場面で1週間のうちに英語にふれる平均的な量のことです。
英語への接触場面の多さは、子どもが多様な語彙にふれることにつながっていました。インプットの量と種類は、どちらもL2発達に重要な役割を果たしていることがわかったのです。
さらに、英語のアウトプットを促すような活動ややりとりが多いことも、英語の発達に良い影響を与えていました。
英語を第二言語として学んでいる4歳〜7歳の子どもにおいて、内的要因と外的要因はどちらも英語の語彙知識・形態知識の習得スピードに影響していることがわかりました 。(※1)
子どもは誰でも第二言語を学ぶ能力をもっていますが、内的要因と外的要因、この二つの影響を受け、その言語を習得するスピードは一人ひとり違います。短期記憶の能力が平均よりも高い子どもは新しい語彙を覚えやすいかもしれませんし、そのような認知的能力の発達がゆっくりである子どもは学習スピードもゆっくりかもしれません。
注意しなければならないことは、ここで述べている「発達がゆっくり」とは、発達に遅れがあるという意味ではなく、定型発達児の発達であることです。定型発達の子ども同士であっても、認知的能力には個人差があり、学習能力に影響する可能性があります (Zhou, Rossi, and Chen 2017)。
そして、多くの場合、認知的能力は子どもの年齢が上がるにつれて発達していきます(Gathercole, Lamont, and Alloway 2006)。このような知識があれば、親や教師は、学習スピードがゆっくりである子どもに対して、その子どもの立場に立った思いやりのある対応ができます。
例えば、子どもが大量の情報を一度に覚えることが難しそうに見えるとき、その子どもが覚えやすい量に調整してあげられます。ほかの子どもよりも学習が遅いように見えるときも、単に時間と手助けがもう少し必要なだけである、ということがわかります。
当然のことながら、子どもの内面的要因に直接働きかけることは困難です。しかし、外的要因であれば、親や教師が直接コントロールすることができます。
子どもは、その言語に多様な場面でふれ続けることで、語彙の発達や文法学習がうまくいく可能性が高まります(Blom, Paradis, and Duncan 2012)。この研究では、ビデオゲーム、テレビ、読書、組織化された活動や友たちとの遊びが豊かな言語環境として選ばれていました。
子どもが日常的にこれらの環境で英語にふれているかどうかを確認することは、よい英語環境をつくる方法の一つです。もし、英語にふれていなければ、その活動や遊びに英語を取り入れられないか考えてみましょう。別の研究者Cheung et al., (2019)の研究では、豊かな英語環境を家庭でつくるための要素についてくわしく調査されています。
この研究によると、両親が英語のネイティブ・スピーカーでなく、英語の使用量が限られる家庭であっても、子どもが家庭で英語にふれることは英語の語彙発達によい影響を与えます。このような家庭環境が学校での英語学習と組み合わさることにより、子どもがバイリンガルに育つ道のりの手助けになっていたのです。
子どもがなかなか第二言語を覚えられなくても、学習が遅い子どもだと決めつけたり、第二言語学習をやめさせたりするのではなく、子どもの内的要因や外的要因の影響について考えましょう。そうすれば、発達段階にある子どもが学習しやすいよう導いてあげることができるはずです。
(※1)Paradis(2011)の研究は、第二言語としての英語(English as a Second Language / ESL)を学んでいる子どもを対象にしたものです。この子どもたちにとっての英語は、住んでいる国における主要言語であり、例えば、アメリカに住んでいる日本人の移民が英語を学ぶ、という状況と同様です。一方、日本に住んでいて日本語を話す子どもが英語を学ぶ場合は、外国語としての英語(English as a Foreign Language / EFL)学習になります。ESL環境とEFL環境は、異なる学習環境ではありますが、共通している要素もあるため、本記事で議論している要素は相互に適用して考えることができます。
■関連記事
Blom, Elma, Johanne Paradis, and Tamara Sorenson Duncan. 2012. “Effects of Input Properties, Vocabulary Size, and L1 on the Development of Third Person Singular –s in Child L2 English.” Language Learning 62 (3): 965–94.
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Cheung, Shirley, Pui Fong Kan, Ellie Winicour, and Jerry Yang. 2019. “Effects of Home Language Input on the Vocabulary Knowledge of Sequential Bilingual Children.” Bilingualism: Language and Cognition 22 (5): 986–1004.
https://doi.org/10.1017/S1366728918000810
Gathercole, Susan, Emily Lamont, and Tracy Alloway. 2006. “Working Memory in the Classroom.” Educational Research and Reviews 1 (December).
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Hyltenstam, Kenneth. 2018. “Second Language Ultimate Attainment: Effects of Maturation, Exercise, and Social/Psychological Factors.” Bilingualism: Language and Cognition 21 (5): 921–23.
https://doi.org/10.1017/S1366728918000172
Jia, Gisela, and Akiko Fuse. 2007. “Acquisition of English Grammatical Morphology by Native Mandarin-Speaking Children and Adolescents: Age-Related Differences.” Journal of Speech, Language, and Hearing Research: JSLHR 50 (5): 1280–99.
https://doi.org/10.1044/1092-4388(2007/090)
Lin, Hua. 2001. A Grammar of Mandarin Chinese. Languages of the World/Materials 344. Muenchen: Lincom Europa.
Paradis, Johanne. 2011. “Individual Differences in Child English Second Language Acquisition: Comparing Child-Internal and Child-External Factors.” Linguistic Approaches to Bilingualism 1 (3): 213–37.
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Unsworth, Sharon. 2007. “Child L2, Adult L2, Child L1: Differences and Similarities. A Study on the Acquisition of Direct Object Scrambling in Dutch.” Language Acquisition 14 (2): 215–17.
https://doi.org/10.1080/10489220701353891
Winskel, Heather, and Prakash Padakannaya. 2014. South and Southeast Asian Psycholinguistics. Cambridge University Press.
Zhou, Huixia, Sonja Rossi, and Baoguo Chen. 2017. “Effects of Working Memory Capacity and Tasks in Processing L2 Complex Sentence: Evidence from Chinese-English Bilinguals.” Frontiers in Psychology 8.
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2017.00595