日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2019.11.06
日本では、ほとんどの妊婦が意識している胎教。
科学的根拠がないという見解もある中、これほど胎教が当たり前になっているのはなぜなのでしょうか?
そして、生まれる前の環境は子どもの言語発達に関係するのでしょうか?
【目次】
セミナーや勉強会、コンサートなど、「胎教」に関するイベントは多く、音楽や絵本、英語、ヨガなど、種類も多様化しています。
2012年には、京都に日本胎教協会が設立され、同協会が開発した「胎教アドバイザー®」資格取得者も100人近くとなり、全国で胎教の知識を広める活動が行われています(日本胎教協会, 2019)。
1990年代初頭に実施された妊婦へのアンケート調査では、年齢や妊娠週数、職業、学歴に関わらず、回答者527人のうち、ほぼ全員が「胎教」という言葉を知っており、7割が親子の絆が深まることを期待して「胎教は必要」と考えていることがわかりました(越野&中井, 1993)。
出典:越野&中井(1993)
2016年にミキハウス子育て総研(2016)が実施したアンケート調査でも、回答者418人のうち、胎教を意識した(している)人は8割近くであり、時代に関わらず、実に多くの妊婦が胎教を身近なものとして捉えていることがわかります。
しかしながら、大多数が「なんとなく意識した」と回答していることから、胎教について確かな知識や情報をもっている人はとても少ないと考えられます。
出典:ミキハウス子育て総研(2016)
日本における胎教の歴史を研究した中江(1983)によると、日本では、胎児が親から何らかの影響を受けるという考え方は古代から存在しますが、主に胎児の健康を願うための一般的な風習であり、「胎教」という言葉が使われ始めた時期は江戸時代末期です。
胎教は、胎児はその母親の行いや心が正しければ将来知識や徳が優れた人格者(儒教で理想とされる人物像)になる、という中国の儒教の思想がもとになっています。
中国の医学では、母親の行いや心の状態が胎児の健康に影響を与えるという理論が古くからあり、中国における儒教と医学は相互に影響を与え合いながら、次第に医学書でも胎教という言葉が使われるようになっていったと考えられています(長谷部, 2004)。
江戸時代の日本では、幼いころからの教育の重要性を説明するためにこの胎教の考え方が紹介され、同時に、医学的な書物でも胎教の重要性が強調されるようになりました。
しかしながら、明治時代に入ってからは、知識や考え方の学び先が中国から西洋に変わったことにより、胎教に関する科学的な検証が不十分なまま、女性や母親の教育、家族や地域社会における妊婦への配慮、など社会的な分野でも「胎教」の考え方が部分的に取り入れられ続け、定義や根拠が曖昧になっていきます(中江, 1983)。
例えば、日本胎教協会(2019)は「おなかの赤ちゃんによい環境づくり」と定義しており、現在は宗教的な考え方や医学的見解というよりも、極めて幅広い意味で使われています。
現在も「胎教」をテーマにした科学的な研究はほとんどありません。
「妊娠中に〜をすれば、おなか中の子どもは将来このような人間に育つ」といったことは実証されていませんが(越野&中井, 1993)、胎児の脳神経が生まれる前から発達し始め、母親のおなかの外の環境を感じ取って反応することがわかっています。
特に胎児の脳神経のうち、最も早い段階から発達するものは聴覚に関する神経であり(大井, 2010)、音に対して胎児がどのように反応するかという研究は1800年代から進んでいます(Johansson et al. 1992)。
例えば、胎児が頭部の骨伝導によって人の声を感じられること(Gerhardt&Abrams, 1996)や、音の刺激によって胎児の心拍数が上がること(Gagnon et al. 1992)、人の声を聞いたときには心拍数が下がること(Fifer&Moon, 1995)を示す研究結果などがあります。
このように胎児はおなかの外の音や人の声を感じられることが実証されてきました。
胎児は外の世界とは母親の皮膚や筋肉・脂肪、子宮内の羊水などで遮られ、母親の体内もさまざまな音(母親の呼吸音や血流音、内臓の活動音など)が溢れています。
母親に聞こえる音がすべてそのまま胎児に聞こえるとは限りませんが、第24週目ごろから音の刺激に対して反応(心拍数の変動)を示し始め、胎児の成長に伴って反応する音の質(周波数など)も変化します(Johansson et al. 1992; Gerhardt&Abrams, 2000)。
聴覚器官で感じた音の振動は、神経回路によって情報として脳に送られ、聴覚に関する神経の活動は自律神経の活動にも影響します(平原, 2010)。
自律神経の活動は心拍数を変動させるため(福崎 et al. 1998)、胎児の心拍数の変動は、聴覚器官が発達し、脳が働いていることを示すのです。
生まれたばかりの新生児は、生まれる前から聞いていた音声(母親の声など)を聞いたときのほうが見知らぬ音声を聞いたときよりも活発に脳が働いて、言語や認知に関わる高度な処理をすることがわかっています(Beauchemin et al. 2011)。
また、胎児のときに聞いている音声の特徴を、生まれるまでに学習する可能性が高いと考えられています(Rand&Lahav, 2014; Partanen et al. 2013)。
近年は、胎児が英語の音やリズムを覚えることを期待して妊娠中から英語に触れる母親も増えていますが、科学的な実証はまだ十分とは言えません。
しかしながら、一つの言語が周囲で話されている環境で育った胎児は、聞き慣れた言語の音と別の言語の音を生まれた直後に聞き分けられます(Moon et al. 2012)。
一言語のみを話す母親の新生児はその言語のみを好み、二言語を話す母親の新生児は両方の言語を好む(Byers-Heinlein et al. 2010)ことを示す研究が報告されています。
このように、胎児の聴覚や脳の働き、生まれたあとの言語発達との関連性は、医学や発達心理学、脳科学、言語学など多様な学術分野にまたがって研究が進んでおり、子どもが日本語・英語のバイリンガルに育つうえで母親のおなかの中にいたときの環境がどのように影響するかが解明される日はそう遠くないのではないでしょうか。
Beauchemin, M., González-Frankenberger, B., Tremblay, J., Vannasing, P., Martínez-Montes, E., … Lassonde, M. (2011). Mother and Stranger: An Electrophysiological Study of Voice Processing in Newborns. Cerebral Cortex, 21(8):1705-1711.
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