日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2019.07.31
論文タイトル:
二言語に接触する年齢は発達脳における言語の神経系をどのように変化させるか
− モノリンガルとバイリンガルの子どもの文法処理時の脳活動を機能的近赤外分光法で計測 −
著者:
Kaja K. Jasinska and Laura Ann Petitto (2013)
カヤ・K・ジャシンスカ&ローラ・アン・ペティート(2013)
ジャーナル:Developmental Cognitive Neuroscience 6: 87–101.
DOI(アクセス):https://doi.org/10.1016/j.dcn.2013.06.005.
要約:Paul Jacobs
翻訳:佐藤有里
幼い子どもたちの脳は、日常的に二つの異なる言語が周囲に存在する環境からどのような影響を受けるのだろうか、と疑問に思ったことはありませんか?一つの言語環境で育った子どもと二つの言語環境で育った子どもを比較した場合、それぞれの脳活動に違いはあるのでしょうか?
今回ご紹介する研究では、バイリンガルとモノリンガルの脳活動には顕著な違いが見られることが明らかになりました。後の考察で述べる通り、この発見はバイリンガルにとって否定的なものではありません。
むしろ、第二言語習得における臨界期または感受性期の存在を示すものであり、第二言語を幼少期から学ぶことがいくつかの脳神経をより優れたものに発達させる可能性を意味します。臨界期仮説または感受性期仮説は、子どもの発達過程には言語学習に対する感度が最も高くなる時期があり、その時期は効果的な学習が可能になる、と考える説です。
この時期を過ぎると、言語学習の効率が低くなるのです。
コヴェルマンら(2008)による画期的な研究では、「neural signature」(脳における二言語使用の痕跡)がバイリンガルの大人の脳に発見されています。このバイリンガルたちは、難易度の高い文法を処理している間、モノリンガルよりも言語に関わる古典的な脳領域の細胞組織が大幅に増加しました。
そして、この結果は、二言語使用が人間の脳に影響を与えている、と研究者らにより解釈されました(Kovelman, Baker, and Petitto 2008)。
ジャシンスカとペティート(2013)によって執筆された今回の研究論文では、文法処理中の脳反応を調べることにより、二言語使用の「neural signature」がバイリンガルの子どもの発達脳においても発見されるかが検証されています。
研究者らは、モノリンガルの子どもと比較して、バイリンガルの子どもの二言語に接触し始めた年齢が左下前頭回(ひだり・かぜんとうかい)や上側頭回(じょうそくとうかい)などの言語に関わる古典的な脳領域、そして、前頭前皮質背外側部(ぜんとうぜんひしつ・はいがいそくぶ)などの認知に関わる脳領域(図1参照)の神経に変化を生じさせるかどうかを確かめようとしました。
図1:左下前頭回(A)、上側頭回(B)、前頭前皮質背外側部(C)の脳活動例
出典:Jasinska KK, Petitto LA. How age of bilingual exposure can change the neural systems for language in the developing brain: A functional near infrared spectroscopy investigation of syntactic processing in monolingual and bilingual children. Dev Cogn Neurosci. 2013;6:87-101. doi:10.1016/j.dcn.2013.06.005
※画像は本記事の著者により再編されています
左下前頭回は、言語の産出に関わるブローカー野が位置する脳領域です。一方、上側頭回には、言語理解の一部に関わるウェルニッケ野があります。
前頭前皮質背外側部は、その大部分が意思決定やワーキングメモリ(ある課題を行うために必要な情報を一時的に保存する作業記憶/作動記憶)などの認知制御と関係しています。ジャシンスカらの研究では、バイリンガルの子どもの発達脳に生じる変化を明らかにするために4種類のデータが比較されました。
1. 行動的側面のデータ(文法処理課題の遂行成績)
2. 脳画像データ(バイリンガルの大人とバイリンガルの子どもを比較)
3. 脳画像データ(バイリンガルの子どもとモノリンガルの子どもを比較)
4. 脳画像データ(早期バイリンガルと後期バイリンガルを比較)
この研究には、三つのバイリンガル・グループと二つのモノリンガル・グループが参加しました。子どもたちの年齢は、データ収集時点で7〜10歳です。三つのバイリンガル・グループは、同時性(早期)バイリンガルの子ども(言語習得年齢が0〜3歳)10名、後続性(後期)バイリンガルの子ども(言語習得年齢が4〜6歳)10名、同時性(早期)バイリンガルの大人10名から成ります。
二つのモノリンガル・グループは、英語のモノリンガルの子ども20名、英語のモノリンガルの大人9名から成ります。各グループは、文法性判断課題を遂行中の機能的近赤外分光法(fNIRS)による脳画像が比較されました。
被験者は、4種類の文を提示され、意味が通る文であるか、意味が通らない文であるかを、手元のボタンを押して回答します。以下は、この文法性判断課題に用いられた4種類の文と文例です(Jasinska and Petitto 2013, p.91)。
1)文中の目的語が関係詞節の主語(OS)であり、意味が通る文:
“The light-house guided the sailor that piloted the boat.”
「灯台は、船を操縦する船員を誘導した。」
(関係詞節の主要部名詞「sailor(船員)」は文全体の目的語として機能しているが、関係代名詞「that」そのものは主語としての役割を果たしている。文の意味は、適切に推論されやすい。)2)文中の目的語が関係詞節の主語(OS)であり、意味が通らない文:
“The sailor guided the light-house that piloted the boat.”
「船員は、船を操縦する灯台を誘導した。」
(文の構成要素同士の関係性は1)の文と同じだが、文の意味は適切に推論されにくい。)3)文中の主語が関係詞節の目的語(SO)であり、意味が通る文:
“The sailor that the light-house guided piloted the boat.”
「灯台が誘導した船員は、船を操縦した。」
(関係詞節の主要部名詞「sailor(船員)」は文全体の主語として機能しているが、関係代名詞「that」は目的語としての役割を果たしている。文の意味は、適切に推論されやすい。)4)文中の主語が関係詞節の目的語(SO)であり、意味が通らない文:
“The light-house that the sailor guided piloted the boat.”
「船員が誘導した灯台は、船を操縦した。」
(文の構成要素同士の関係性は3)の文と同じだが、文の意味は適切に推論されにくい。)
文中の主語が関係詞節の目的語である文(SO文)は、文の主語の後に埋め込み文(関係詞節)がある。一方、文中の目的語が関係詞節の主語である文(OS文)は、埋め込み文がない。
そのため、SO文のほうがOS文よりも文法処理が困難である。よって、OS文の成績を標準値として位置づけ、SO文の成績は被験者がいかに高度な文法知識を処理できるかを示すものとして扱われた。
1. 行動的側面のデータ(文法処理課題の遂行成績):
各グループの文法性判断課題における正解率と反応スピードは、OS文よりも文法処理の難易度が高いSO文を提示されたときのほうが落ちた。子どもたちは、3グループとも(早期バイリンガル、後期バイリンガル、モノリンガル)正解率や反応スピードが同様であった(例:早期バイリンガルの正解率はSO文で56.1%、OS文で74.6%であり、モノリンガルの正解率はSO文で49.5%、OS文で63.5%であった)。
2. 脳画像データ(バイリンガルの大人とバイリンガルの子どもを比較):
難易度の高い SO文を処理している間は、バイリンガルの大人とバイリンガルの子どもの両方において、同様の脳領域が活性化していた。子どものほうは、さらに中側頭回(ちゅうそくとうかい)がより活性化しており、この脳領域は幼少期における文法処理に関与している可能性がある(A. J. Newman et al. 2001)。
3. 脳画像データ(バイリンガルの子どもとモノリンガルの子どもを比較)
この2グループでは、脳画像において明確な違いが見られました。早期バイリンガルと後期バイリンガルの子どもの両方の脳において、言語に関わる古典的な脳領域(左下前頭回、右下前頭回、上側頭回)がモノリンガルの子どもよりも大幅に活性化していました。
4. 脳画像データ(早期バイリンガルと後期バイリンガルを比較)
早期バイリンガルと後期バイリンガルの脳活動を比較したところ、両グループとも、言語に関わる古典的な脳領域(下前頭回、上側頭回)において高活性化が見られた。しかしながら、早期バイリンガルのほうがこの領域における細胞組織の大幅な増加が見られました。一方、前頭前皮質背外側部における細胞組織は、後期バイリンガルのほうが増加していました。
バイリンガルの子どもとモノリンガルの子どもには脳神経の違いが見られましたが、文法性判断課題の遂行成績という行動的側面のデータには違いがありませんでした。よって、曖昧性のある文章の意味を解釈する際のバイリンガルの文法処理能力は、モノリンガルとの脳神経の違いによって影響を受けないことは明らかです。
子どもの脳は、子どもの体験や環境によって適応し、その経験・環境での言語処理ができるように二言語能力が発達していくことを可能にしていると言えます。
このような脳の適応性は、言語の習得年齢からも大きな影響を受けるようです。早期バイリンガルは、言語に関わる古典的な脳領域が最も活性化していました。
子どもの発達段階において蓄積された神経細胞は、最も効率的に働く神経結合のみを残し、そのほかは徐々に取り除かれていきます。しかしながら、バイリンガルの場合は、脳活動が高まることにより、バイリンガルのほうが大きく依存する脳領域においてより多くの神経細胞が生き残ることが可能になります。
これにより、特に生後から二つの言語を学び始めたバイリンガルの大人は灰白質の密度が高い、ということを示す研究結果がいくつも出ている理由の説明がつきます (Mechelli et al. 2004; de Bot 2006; Pliatsikas et al. 2018)。灰白質は、特定の脳領域における神経細胞の集まりであり、一般的に灰白質の量の多さはより優れた課題遂行成績と相互関係があります(Minatogawa-Chang et al., 2009)。
一方、後期バイリンガルの脳は、文法性判断課題の遂行時に、認知制御に関わる前頭前皮質背外側部が活性化していることが発見されました。文法は規則性をもつため、第二言語に接触した年齢が比較的高い後期バイリンガルが認知機構を用いて文法規則を処理することは当然のことです。
このような認知処理は、数学など、年齢が高くなってから身につけるほかの能力のように、習得するには意識的な努力が必要な能力です。それとは対照的に、早期バイリンガルは、通常どちらの言語でも文法を教わることがないため、認知に関わる脳領域をあまり使うことなく、乳幼児と同様に、意識的な努力をほとんどせず、自然に学ぶことができるのです。
このジャシンスカらの研究論文で提示された当初の疑問は、「二言語使用による『脳の特徴』がバイリンガルの子どもの発達脳においても発見されるか?」でした。この研究結果では、バイリンガルの大人の発達した脳、そして、バイリンガルの子どもの発達段階にある脳の両方において、モノリンガルと比較した際に、同様の脳神経の違いがあることがわかりました。
これは、年齢に伴う言語体験によって左下前頭回と上側頭回が変化した可能性があることを意味し、バイリンガルの子どもの脳にも二言語使用による「脳の特徴」が存在することを示す証拠となります。ジャシンスカらによると、二言語に接触し始める年齢はこのような結果を生み出す主因であると考えられています。
もし言語習得の年齢に左右されて生じる脳の変化が存在するのであれば、二言語を使用するバイリンガリズムは感受性期仮説(Newport 1990)に従っている可能性があります。言語に接触し始める年齢によって生じる違いは、第二言語を学ぶときに、第一言語を学ぶときと同じ脳のメカニズムを使うのか、それとも、年齢が高くなってから学ぶときに頼る認知機能を使うのか、ということです。
ジャシンスカらの研究論文は、言語学習に関して年齢が重要であることを明示しました。
ほかにも重要な要素があると言われていることは確かであり、環境も言語発達における重要な役割を担い、インプットの種類や量も子どもの言語習得を成功させる大きな要因です(R. S. Newman, Rowe, and Bernstein Ratner 2016; Lytle, Garcia-Sierra, and Kuhl 2018)。
早期から第二言語に触れることは子どもの脳に有益な変化を与え、その変化が子どもの言語学習過程に良い影響を与えるのです。従って、子どもが早期から第二言語学習を始めることは、子どもの言語学習過程に良い影響を与えるのです。
Bot, Kees de. 2006. “The Plastic Bilingual Brain: Synaptic Pruning or Growth? Commentary on Green, et Al.” Language Learning 56 (Suppl. 1): 127–32.
https://doi.org/10.1111/j.1467-9922.2006.00358.x
Jasinska, K. K., and L. A. Petitto. 2013. “How Age of Bilingual Exposure Can Change the Neural Systems for Language in the Developing Brain: A Functional near Infrared Spectroscopy Investigation of Syntactic Processing in Monolingual and Bilingual Children.” Developmental Cognitive Neuroscience 6: 87–101.
https://doi.org/10.1016/j.dcn.2013.06.005
Kovelman, Ioulia, Stephanie A. Baker, and Laura-Ann Petitto. 2008. “Bilingual and Monolingual Brains Compared: A Functional Magnetic Resonance Imaging Ivestigation of Syntactic Processing and a Possible ‘Neural Signature’ of Bilingualism.” Journal of Cognitive Neuroscience 20 (1): 153–69.
https://doi.org/10.1162/jocn.2008.20011
Lytle, Sarah Roseberry, Adrian Garcia-Sierra, and Patricia K. Kuhl. 2018. “Two Are Better than One: Infant Language Learning from Video Improves in the Presence of Peers.” Proceedings of the National Academy of Sciences 115 (40): 9859–66.
https://doi.org/10.1073/pnas.1611621115
Mechelli, Andrea, Jenny T. Crinion, Uta Noppeney, John O’Doherty, John Ashburner, Richard S. Frackowiak, and Cathy J. Price. 2004. “Structural Plasticity in the Bilingual Brain.” Nature 431 (7010): 3017.
https://doi.org/10.1038/431757a
Newman, Aaron J., Roumyana Pancheva, Helen J. Neville, and Michael T. Ullman. 2001. “An Event-Related FMRI Study of Syntactic and Semantic Violations.” Journal of Psycholinguistic Research 30 (3): 339–64.
https://doi.org/10.1023/A:1010499119393
Newman, Rochelle S., Meredith L. Rowe, and Nan Bernstein Ratner. 2016. “Input and Uptake at 7 Months Predicts Toddler Vocabulary: The Role of Child-Directed Speech and Infant Processing Skills in Language Development.” Journal of Child Language 43 (5): 1158–73.
https://doi.org/10.1017/S0305000915000446
Newport, Elissa L. 1990. “Maturational Constraints on Language Learning.” Cognitive Science 14: 11–28.
https://doi.org/10.1016/0364-0213(90)90024-Q
Pliatsikas C, DeLuca V, Meteyard L, and Ullman MT. 2018. “Bilingualism Interacts with Age-Related Cortical Thinning in Children and Adolescents.” In Society for the Neurobiology of Language Annual Meeting.
Tais M. Minatogawa-Chang, Maristela S. Schaufelberger, Adriana M. Ayres, Fabio L. S. Duran, Elisa K. Gutt, Robin M. Murray, Teresa M. Rushe, Philip K. McGuire, Paulo R. Menezes, Marcia Scazufca and GFB. Cognitive performance is related to cortical grey matter volumes in early stages of schizophrenia: A population-based study of first-episode psychosis. Schizophr Res. 2009;113(2-3):200-209.