日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2019.04.25
「バイリンガルは、認知症の発症を遅らせる」。近年、このような研究結果が海外では次々と発表され、話題になっています。日本では、「バイリンガル」というと子どもに関する話題が多いですが、世界各国では、高齢者のバイリンガルに関する研究が着実に進んでいます。
【目次】
記憶力や判断力などの脳の認知機能が低下することにより、日常生活に支障をきたす状態となる認知症。
認知症患者数は世界中で5,000万人(60歳以上の世界人口のうち、100人に5〜8人の割合)おり、毎年、約1000万人が新たに発症していると言われています。
そのうち6〜7割は、脳神経細胞の減少や脳全体の萎縮などによる「アルツハイマー型認知症」であり、そのほか、脳梗塞や脳出血などにより発症する「脳血管性認知症」や、レビー小体というたんぱく質が脳神経細胞内に現れて発症する「レビー小体型認知症」、脳の前頭葉・側頭葉の神経細胞が変性することで発症する「前頭側頭型認知症」などがありますが、認知症の診断方法や予防方法、治療方法はいまだに十分には確立・標準化されていません(厚生労働省, 2017; WHO, 2017)。
世界保健機関(WHO)は、国際的な連携・協力体制のもと取り組むべき課題であるとみなし、2017年に認知症に関する「グローバル・アクション・プラン」を採択しています。
日本国内では、認知症患者数が400万人以上、経済損失が年間14.5兆円と言われており(日本医療研究開発機構, 2018)、患者数は2025年で約650〜700万人(65歳以上の高齢者の約5人に1人の割合)に達し、2040年には約800〜950万人、2060年には850〜1150万人、と日本社会の高齢化に伴い増加していくと推計されています(二宮, 2015)。
厚生労働省(2017)が策定した「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」によると、2025年には団塊の世代が75歳以上となることから、認知症の予防・治療法の開発のみならず、認知症患者やその家族、医療・介護などに対する社会的支援体制の徹底も急務となっています。
出典:二宮(2015)
※12ページ「表4:認知症患者数と有病率の将来推計(各年齢層の認知症有病率が2012年行こうも上昇すると仮定した場合)」のデータを基にIBSグラフ作成。
このように、認知症について世界的な注目が集まる中、2016年、イギリスの新聞「テレグラフ」ウェブ版に、以下のような見出しの記事が掲載されました。
「学生たちは、将来の認知症予防のために第二言語を学ぶべきである」〜研究者らは、バイリンガリズム(二言語使用)が高齢になってからの脳を守るとして、大学での専攻に関係なく、言語学習を必修科目にするべきであると主張〜(IBS訳)
出典:Knapton (2016)
この記事は、バイリンガリズムや言語と認知の関係、言語の発達などを中心に研究する言語学者アントネラ・ソラチェ氏(イギリス・エディンバラ大学教授)が世界的な学術団体「アメリカ科学振興協会(AAAS)」の会合で発表した内容を紹介したものです。
記事によると、第二言語を話す人は、認知症の種類によってはモノリンガルよりも発症が5年遅いことが複数の研究で実証されています。
ソラチェ氏は「目指す学位が古典学であろうと、文学や現代語学、科学であろうと、言語学習は必修科目にするべきである(IBS訳)」と述べました。このような見解の背景には、どのような研究結果があるのでしょうか?
バイリンガルのほうがモノリンガルよりも優れている認知機能がある、という研究結果は、世界各国で発表されています。
認知力を必要とする課題・テストの遂行結果のみならず、最新の脳画像技術による脳の構造や機能など、より科学的な調査・分析が行われるようになり、バイリンガルの脳が日常的に相手や状況に応じてどちらの言語を使うか選択し、使わないほうの言語を抑制する、という複雑な認知活動をしていることが関係すると考えられています。
このような研究動向の中、認知症を完全に防ぐことまではできないながらも、認知症の発症を遅らせることができる要因の一つとしてバイリンガリズム(二言語使用)が注目されるようになったのです(Bialystok et al, 2016; Klimova et al, 2017)。
以下は、バイリンガリズムが認知症の発症を遅らせることを示した研究の例です。2007年のカナダでの研究結果が発表されてからは、研究手法の見直し・改善とともに、同様の結果が次々と発表されました。
(表:IBS作成)
カナダやアメリカを中心に進んでいた研究は、アジアやヨーロッパにまで広がり、移民のバイリンガル、国内の多言語社会で生まれ育ったバイリンガル、日常的に複数の言語を切り替えながら生活するバイリンガル、識字能力のないバイリンガル、最終学歴が低い、または高いバイリンガルなど、多様なバイリンガルについて、同様の研究結果が発表されるようになりました。
そして、カルテ記録内容や患者・家族への聞き取り、認知力を測るテストの実施などのほか、認知症患者の脳神経の構造や機能の変化を調べる脳画像検査などが加わったことにより、より科学的な実証に基づき、バイリンガリズムが認知症の発症を遅らせる要因になる可能性が高まっています。
(表:IBS作成)
上記のような研究の結果、バイリンガルの人々において「生涯に渡って二言語を使用し続けること」が認知症の発症を遅らせるために重要な役割を果たすこともわかっています。
二つの言語を使う、という複雑な認知活動を日常的に長年繰り返すことによって、加齢などによって脳の認知機能が低下したときに、それを補う神経を発達させたりする「cognitive reserve(認知的予備力)」が高められ、それが機能低下の開始年齢や低下速度に個人差を生じさせると考えられています(Perani, 2017)。
しかしながら、多くの国で公的なバイリンガル教育や第二言語・外国語学習が行われているものの、ほとんどの人は、その必要がない限りは、大学生や社会人、ましてや退職した老後まで学習を続けません。
このような背景から、「第二言語学習は大学でも必修科目とするべき」という見解や研究が生まれたのです。
2016年、加齢や加齢による病気などの研究分野に特化した学術誌「Ageing Research Reviews」に掲載された論文では、「社会において、高齢者のバイリンガリズムは支援・維持されるべきであり、子どもや若者のバイリンガリズムも教育によって促進されるべきである」と結論づけられています(Bialystok et al, 2016)。
このように、社会全体にとって、そして、世界規模で、人々の健康に関係するものとして注目が高まっているバイリンガル教育やバイリンガリズム。高齢化が進む日本でも、「将来の健康のためにバイリンガル」といった考え方の普及は、そう遠い先のことではないかもしれません。
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