日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2018.08.22
2018年9月、東京都は国内初の試みとなる東京英語村「Tokyo Global Gateway(TGG)」をオープンします。そのプログラムに取り入れられているのは、日本の学校教育でも導入の試みが始まっている「CEFR」や「CLIL」など、ヨーロッパ生まれの外国語教育に関する新しい理論。
TGGの開業は、このような新しい理論やその背景にある「複言語主義」というヨーロッパの考え方を日本に広め、これまでの外国語教育が根本的に見直されるきっかけの一つになるかもしれません。
【目次】
Tokyo Global Gateway(TGG)は、 2018年9月、東京都教育委員会が民間企業5社と連携し、東京湾に面したお台場エリアで開業する体験型英語学習施設。
ビルの1階から3階までを占める広大な敷地面積を活用し、小学生から高校生までを対象とした「英語を使いたくなる」環境が用意されます。TGG(2018)は、英語習得を部活動に例え、英語の「練習試合」として実践の場を提供することを目的にTGGを設立する、と公式ホームページで説明しています。
TGGは、2017年9月から東京都内学校(文部科学省認定の小・中・高等学校)、同年10月から都外の学校、2018年4月から一般(塾や英語教室、個人など)の利用予約を開始しましたが、約半年先まで見ても予約が入っていない日程が極めて少ない(2018年7月末時点)ことから、教育機関においても個人においても注目度が極めて高いことが伺えます。
アジア各国でも、日本に先駆け、必然的に英語を使わなければならない環境で過ごす「英語村」が開設されてきました。
例えば、2001年に小学5年生から、2005年に小学3年生から、と英語教育を義務づける開始学年を引き下げてきた台湾。
台湾の市・県のうち3分の1は、義務化されていない小学1年生から英語教育を開始していると言われ、日本よりも早い段階から英語教育改革に取り組んでいます。台湾における英語村は、その改革の一環であり、約10年前から小学校や中学校付属の施設として各地に続々と開設され、インターネットで検索するだけでも少なくとも10カ所以上存在することがわかります。
さらに韓国には約30カ所もの英語村があり、2006年に政府運営施設として開業されたテーマパーク型の「パジュ英語村」は特に有名で、台湾は韓国の英語村を参考にしたと言われています(大城, 2016)。
日本でも、神奈川県横浜市の「横浜英語村」(2009年〜)、公立鳥取環境大学の英語村(2012年〜)、大阪府寝屋川市の英語村(2014年〜)、徳島県の「Tokushima英語村」(2014年〜)、群馬県高崎市の「くらぶち英語村」(2018年4月〜)など、地方自治体や公的機関による英語村開設の動きが全国各地に広がってきました。
東京版の英語村であるTGGもその一例ですが、特に注目が集まる理由としては、ただ英語を使って過ごすだけの施設ではなく、「CEFR」や「CLIL」など、日本ではまだ新しいヨーロッパにおける外国語教育の考え方が導入されているからだと考えられます。
<TGGの2種類のプログラム>
①「アトラクション・エリア」
飛行機の機内、レストラン、スーパー、薬局、病院、ホテルなど、海外の場面を再現した空間で英語を使う。例えば、「自分の症状を伝えて必要な薬を処方してもらう」と書かれたカードが渡された児童・生徒は、病院の医師と英語でやりとりをして課題をクリアする。
②「アクティブイマージョンエリア」
映像制作、橋の設計、町づくり、プログラミング、ダンス、茶道、演劇、マーケティング、投資、国際関係、環境問題など、さまざまな内容を英語「で」学ぶ。英語で講義を受けるだけでなく、グループごとに話し合い、協力して作業し、発表する参加型。
出典:TGG(2018) IBSにて要約
上記のTGGプログラムは、小学生・中学生・高校生、さらに初級・中級・上級、というように二段階でレベル分けされており、児童・生徒の発達段階と英語力に合った課題が与えられ、さらにイングリッシュ・スピーカーが会話の難易度を調整します。
TGGは、各レベルの設定について、以下のようにCEFR(セファール)という国際基準を用いて説明しています(TGG, 2018)。
CEFR(セファール)とは、ヨーロッパで研究開発された、外国語能力の目標レベルや到達度を判断・評価する指標です。
Common European Framework of Referenceの略称であり、「ヨーロッパ言語共通参照枠」などと訳されています。東京外国語大学の研究チームは、この指標を日本の英語教育に応用するため、CEFRに準拠した日本版CEFR(CEFR-J)を研究開発し、TGGはこのCEFR-Jを各プログラムのレベル設定に採用しました。
例えば、最上レベルのC2における「聞くこと」の指標は、「生であれ、放送されたものであれ、母語話者の速いスピードの発話でも、話し方の癖に慣れる時間の余裕があれば、どんな種類の話し言葉も難無く理解することができる」と記述されています(東京外国語大学, 2018)。
このように、CEFRは、「この文法が理解できる」、「この単語を知っている」といった知識量ではなく、「理解(聞くこと・読むこと)」、「話すこと(やりとり・発表)」、「書くこと」、といった外国語能力の分野別に「どのような状況で何ができるか」という実際のコミュニケーションを想定した具体的な指標が定められています(Council of Europe, 2001)。
TGG プログラム監修者の一人である和泉氏(上智大学 外国語学部 英語学科 教授・学科長)は、「アクティブ・イマージョン」プログラムの開発にあたり、CLIL(クリル)という考え方を積極的に取り入れたと述べています(TGG, 2018)。
和泉氏は、母語習得と第二言語習得の似ている点や異なる点を分析し、日本における英語指導法を研究する言語学者。
2011年には、「CLIL内容統合言語型学習:上智大学外国語教育の新たなる挑戦 第1巻 原理と方法」(共著)を同大学から出版し、この書籍により日本で初めてCLILが紹介されました(上智大学, 2018)。
CLILは、Content and Language Integrated Learningの略称であり、日本では「内容言語統合型学習」という訳が普及しています。この用語は、1994年にフィンランドの大学教授Marsh(マーシュ)氏が初めて使用し、以後、ヨーロッパ各国における外国語教育やバイリンガル・マルチリンガル教育の現場で普及していきました(ECML, 2011)。
日本CLIL教育学会(2017)によると、Content/内容とは、あるテーマや教科科目(例:算数、理科、社会など)のことであり、CLILではそれらと外国語の学習・指導を組み合わせます。
もう一人のTGG プログラム監修者である松本氏(立教大学 国際経営学科教授)は、外国語を習得させるための指導法というよりも、言語(外国語)と内容(科目)を同時に学ぶことを目指す「カリキュラム体系」であることをCLILの特徴として説明しています(松本, 2013)。
日本CLIL教育学会会長の笹島氏は以下のように述べており、また、CLILにおいてはコミュニケーション力や思考力、異文化理解力も重視されていることから(笹島, 2013)、CLILは日本の英語教育のみならず学校教育全般の改革に繋がる可能性を秘めている学習・指導方法だと考えられます。
TGGは、このようなCLILの考え方を取り入れた学習の体験ができるという点で、国内にある英語村の中でも特に注目度の高い施設なのではないでしょうか。
「言語は道具である」とすれば反発が起こり、「言語に対する意識が重要だ。母語の日本語でまずきちんと考えられる力を身につけるべき」とすれば、いままでと変わらない状況が続く。
逆に、「英語は必要だ」として小学校からネイティブスピーカーに教わり、ゲームや歌などの活動で、コミュニケーション重視で英語学習を続ければ、はたして英語が効果的に使える人材になりえるだろうか。
もう少し広く異なる観点で言語を考えてみる必要がある。その意味から、教育そのものをCLILという指導法をきっかけに考え直す必要がある。」
出典:笹島(2013)
CEFRやCLILは、いずれもヨーロッパで生まれた新しい理論や考え方ですが、なぜヨーロッパなのでしょうか。
ヨーロッパ全体で外国語能力が重視されるようになった背景には、EU諸国間における人々の移動や社会・経済統一への動きがあります。
1970年代にはヨーロッパ評議会(人権・民主主義・法の分野におけるヨーロッパの国際機関)が「すべての児童・生徒は、少なくとも一つ以上の外国語を学ぶ機会を得るべきである」という決議を出し、以後、効果的な外国語習得・教育の研究や実施を後押ししてきました。
1990年代からはヨーロッパにおけるバイリンガル・マルチリンガル教育に関する研究が盛んになり、CLILの考案とその後の普及へと繋がります(Marsh, 2012)。
さらに、ヨーロッパ全体で外国語教育の発展を目指そうとするときに問題になった点は、授業計画やカリキュラム指針、試験、教材などの作成において用いる外国語能力の判断・評価基準や指標が国によって異なることでした。
例えば、英検やTOEIC、IELTSなど、世界には外国語に関するさまざまな資格試験があります。受験者の語学力をどのように判断・評価するのかという考え方がそれぞれ異なるため、英検1級の人とTOEICスコア990(満点)の人の英語力が同レベルとは限りません。
また、英検1級取を目指すカリキュラム内容とTOEIC満点を目指したカリキュラム内容も異なるでしょう。ある国の研究者や教育関係者が別の国の外国語教育を研究したり取り入れようとしたりする際、このような違いが障害とならないよう、ヨーロッパでは各国共通の基準・指標としてCEFRを開発したのです。
CEFRは、ヨーロッパ評議会により、20年以上もの研究を経て、2001年に正式に発表されました(Council of Europe , 2001)。
2001年は、EUが「ヨーロッパ言語年(European Year of Languages)」と定めた年であり、ヨーロッパにおける言語の多様性に対する認知を広め、生涯に渡る言語学習の必要性を訴えることを目的としたさまざまな活動やイベントが実施されました。
CLILの発案者Marshによる研究もこの「ヨーロッパ言語年」キャンペーン計画や2004年〜2006年にかけてのアクション・プラン「Promoting Language Learning and Linguistic Diversity/言語の学習と多様性の促進(IBS訳)」に取り入れられました(Marsh, 2012)。
EUのヨーロッパ議会(European Parliament, 2000)によると、「ヨーロッパ言語年」キャンペーンの背景にある考え方は、以下の通りです。
言語の多様性は、ヨーロッパの文化遺産における重要な要素であり、今後もそうあり続ける。多様性を受け入れることは、すべての人々が言語に関する平等な地位と権利を享受するヨーロッパ社会を築くための必須条件である。母語以外の言語習得を促進することは、異文化に対する理解を深め、ゼノフォビア(外国人嫌悪)や人種差別、不寛容を撲滅し、異なる言語グループに属する人々による政治的、経済的、個人的な交流を良好にする一つの方法である。母語以外の言語を話すことは、人生や職業においてより多くのチャンスを与え、EUがもたらす権利、特にEU諸国のどこでも生活し働くことができる権利を真に享受することに繋がる。(IBS訳)
さらに、ヨーロッパ評議会は独自に「plurilingualism(複言語主義)」という考え方を提示し、「multilingualism(多言語主義)」と以下のように区別しています。
複言語主義の「複」は、「複数」と訳される場合がありますが、「複合」を意味すると考える研究者もおり(柳瀬, 2007)、ヨーロッパ評議会の説明する定義には後者のほうが近いと考えられます。
ヨーロッパ評議会(Council of Europe, 2001)によると、この複言語主義においては、複数の言語を使うことができる能力ではなく、複数の言語の知識・経験によって効果的にコミュニケーションできる能力が重視され、複数の言語をそれぞれネイティブ・スピーカーと同じレベルで使えるようになることは目標とされていません。
それよりも、たとえ部分的であっても、複数の言語や文化に対する知識や経験があるからこそ得られる表現力や理解力が必要だと考えられています。
例えば、そのような能力をもった人の語彙のレパートリーには複数の言語が存在し、その都度、自分の考えや感情を表現するのに適した言語の語彙を柔軟に選び、使うことができます。
また、複数の言語の知識を組み合わせて、さまざまな文化背景をもった人々の話や文章を理解できます。このような能力は、母語だけを学んでも、外国語だけを学んでも身につけることはできません。
二つの言語の学びや体験が合わさることで得られるものであり、そこに外国語習得の価値があるとされているのです。
現在の日本とヨーロッパでは、状況や文化背景が異なり、ヨーロッパの考え方がそのまま取り入れられることはないかもしれません。
しかしながら、ヨーロッパは、グローバル化する世界各国に先駆けて、異なる言語や文化をもった国家間における政治・経済・個人などの交流が進み、いち早く外国語教育の必要性が増した地域だと言えます。
その観点で考えると、ヨーロッパの状況や考え方は、日本や他国にとって決して無関係ではなく、いずれは必要となり、これまでの外国語教育を根本的に見直すきっかけになるかもしれません。
現に、日本の外国語教育における複言語主義導入の可能性を探る研究や、CEFRやCLILを日本の状況に合わせて応用しようとする研究(「CEFR-J」、「J-CLIL」など)は、すでに約10年前から進み、特に近年は多くの論文や実践報告が発表されています。
2018年9月のTGGオープンをきっかけに、教育関係者や一般社会においてもヨーロッパの複言語主義やCEFR、CLILの認知度が高まり、今後はますます、「英語ができるようになる」ではなく「英語で何ができるようになるのか」に重点が置かれていくのではないでしょうか。
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