日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2024.10.11

トリリンガルとして育つ子どもたちのために親や教師が知っておきたいこと ~国際基督教大学 Suzanne Quay教授インタビュー(後編)~

トリリンガルとして育つ子どもたちのために親や教師が知っておきたいこと ~国際基督教大学 Suzanne Quay教授インタビュー(後編)~

Suzanne Quay教授(国際基督教大学)へのインタビュー記事 後編です。後編では、マルチリンガル環境で育つ子どもたちをサポートするうえで大切な考え方について紹介します。

著者・翻訳:佐藤有里

 

言語に触れる機会が少ないからといって、言語の発達に十分でないとは限らない

―三言語の発達(トリリンガリズム)は、二言語の発達(バイリンガリズム)と同様のところがありますか?また、違うところについても伺いたいです。

これはかなり単純化させた説明の仕方になりますが、言語を習得するためにはその言語に触れる必要がある、という点は、二言語でも三言語でも同様です。

一方、三つの言語それぞれに対するインプットは、二つの言語それぞれに対するインプットと同じ量を与えることはできない、という点が異なります。

例えば、子どもをバイリンガルに育てる場合、仮にインプット全体のうち50%を一方の言語で、残り50%をもう一方の言語で与えられるとします。これが三つの言語となると、それぞれの言語はだいたい30%になる、というイメージです。

言語が増えれば増えるほど、それぞれの言語に触れる時間は短くなりますし、その使用場面(コンテクスト)も少なくなります。

最も単純に説明しようとなるとこのようになりますが、実際にはもっと複雑です(Quay & Montanari, 2019で議論されている通り)。

 

―「実際にはもっと複雑」という点は重要ですね。もしかしたら、言語に触れる機会が少なければその言語が十分に発達しないのではないか、と単純に考えてしまう人は多いかもしれません。

そうですね。私がいまお話ししたことは、そういう意味ではありません。なぜなら、言語の発達にはどれくらいの接触量が必要なのかということはわからないからです。

もちろん、モノリンガルの子どもたちは、一つの言語しか触れていないので、その言語のインプットをたくさん得られます。でも、本当にそのインプットすべてが言語発達に必要なのでしょうか。

幼児期のバイリンガル児を対象とした私たちの研究すべてにおいて、両方の言語がそれぞれのモノリンガル児と同じペースで、もしくは比較的早いペースで発達することが示されています。

つまり、言語の発達にはそれほど多くのインプットは必要ない、ということです。ただし、どれくらいのインプット量が必要か、ということは、誰も正確にはわかりませんし、その測り方もわかっていません。

この点については、国際会議(Quay, 2014)で発表したことがあります。

普段は二つの言語に触れながら育っていて、第三言語は祖父からのインプットだけだった子どもについての研究です。

祖父は孫と遊ぶときにいつも第三言語を話していましたが、それは週に1、2回で10~20分程度でした。

でも、その子どもは、発語し始めたときにその第三言語を話すことができたんです。

ですから、どれくらいの時間インプットが与えられるかではなく、他者とのやりとりが重要なのかもしれない、という結論に至りました。

祖父が孫とやりとりをするときは、お互いにボールを投げたり転がしたりして遊ぶなど、いつも遊びの場面でした。

同じ遊びではいつも同じ語彙を使っていたと思いますから、それがごく少ないインプット量であっても語彙を覚えられた理由かもしれません。

子どもが第三言語で発語し始めた要因は、お気に入りの遊びを一緒にしてくれるおじいちゃんのことが大好きで、そのおじいちゃんが話す言語に合わせようとした、ということだと考えています。

このように、言語発達に関係する要因はとても多いので、必要なインプット量に関しても答えはないんです。

 

―乳幼児期から三つ以上の言語に触れることについて、「子どもにとって負担になる」、「子どもが混乱する」といった懸念を持っている親御さんや教師の方々もいると思います。Quay先生であれば、どのようなことを伝えますか?

そのような懸念は大人の視点から生まれていて、幼い子どもの視点ではない、ということですね。

もし私たち大人が三つ目、四つ目の言語を学ばなければならなくなったら、それは負担が大きいと感じますよね。

でも、そもそも幼い子どもは、それが負担かどうかはわかりません。子どもの学習能力の可能性は無限大です。三つの言語に触れる環境で育っている赤ちゃんは、一つの言語にしか触れない子どもたちがいることは知りませんから、三つの言語に触れることが普通で自然なことだと認識するようになります。

また、大人ができることと幼い子どもができることには大きな違いがあります。

大人になってから新しい言語を学ぶとき、1日で覚えられる単語の数はいくつだと思いますか?私の授業では、ほとんどの学生が4つか5つだと答えます。

2歳から6歳までの子どもは、1度か2度聞いただけで1日に10個の新しい単語を覚えて口に出すことができ、幼稚園に通い始める年齢になると、すでに約2,000語を身につけている、ということが研究で示されています。

7歳までには平均で約4,000語を身につけていて、それ以降は1日に20語もの新しい単語を覚えることができます。

子どもは、幼いときに複数の言語を習得できる可能性を大いに秘めていることがわかります。これは、私が先ほどお話ししたこととも関連しています。幼い子どもにとって、言語を発達させるためにどれだけのインプット量が必要なのかはわかりません。

もし親御さんから「子どもにとって負担になるのではないか」、「子どもが混乱するのではないか」と聞かれたとしたら、私はそういうふうに答えると思います。

 

マルチリンガリズムはろう児にとっても大切

―手話言語を含むマルチリンガリズムに関する研究のお話をはじめに少し伺いました。これまでどのようなことがわかっているか共有していただけますか?

ろう者がマルチリンガルでいることは、聞こえる人々よりもさらに重要であることがわかりました。耳の不自由な子どもたちにとって、マルチリンガルでいることは必要不可欠です。少なくとも手話言語と音声言語のバイリンガルでなければ、家族や周囲の世界とコミュニケーションをとることはできません。

ろう児の90%は、ろう者ではない家庭に生まれています。ろう者の親から生まれるろう児は、わずか10%なんです。ですから、ろう児のほとんどは、聞こえる人の世界に参加するために、社会で話されている音声言語を学ぶ必要があります(※1)。でも、聞こえない人の世界に参加するためには、手話言語も必要です。

そして、その子どもたちは、第一言語として手話言語が必要です。

認知能力を発達させるためには第一言語が必要であり、認知能力が発達すれば周囲の世界について知識を得られるようになります。ですから、第一言語は本人が使いやすい言語でなければなりません。

聞こえない子どもたちにとって使いやすい第一言語は、音声言語ではなく手話言語です。

手話言語は、聞こえない人たちの世界について学ぶための認知能力も与えてくれます。 手話言語と音声言語のバイリンガルだからこそ、聞こえない人の世界と聞こえる人の世界の両方に関わり、その一員になることができるんです。

 

―その子どもたちが小学校に入って英語を学び始めると、日本の手話言語と音声言語、さらに英語、という三つの言語を身につけていくことになりますね。

これまで学生たちと一緒にろう学校を訪問してきたのですが、ろう児は健聴児と同じレベルの英語力を身につけるよう文部科学省から求められていることがわかりました。

ですから、実際に三つの言語を学ばなければなりませんし、この子どもたちはトリリンガルですよね。

ただ、日本語と英語を話せるようにならなければならない、という意味ではありません。学校教育の中でうまく学習できるようになるためには、日本語と英語で読み書きができるようにならなければならない、という意味です。

その読み書きができるようになるためには、認知能力が必要です。

学校でうまく学習できるろう児は、ろう者の家庭に生まれ、生まれたときから手話言語を第一言語としてきた子どもたちです。

第一言語として手話言語が確立されていて、認知能力も発達させることができたので、日本語でも英語でも読み書きは問題なくできるようになったんです。

実は、何年もの間、そのような人たちをかなりたくさん私の講義にお招きしていたのですが、学生たちはとても驚いていました。口話(音声で話すこと)はできない人もいましたが、日本語と英語の両方で読話(話し手の口の形・動きや表情からことばを読み取ること)をすることができたからです。

私が彼らとどのように英語を使ってEメールでやりとりしているかを講義で紹介していたのですが、彼らの英文は私の学生たちよりもよく書けています。これは、手話言語を第一言語として習得しているからです。

健聴者の家庭に生まれているにもかかわらず、このような力が身につかなかった人たちは、第一言語の基礎がしっかりしていなかった人たちでした。

 

―手話言語に対する考え方は、言語そのものやマルチリンガリズムに対する考え方も反映されているかもしれませんね。

そうですね。日本を含め世界中のろう者コミュニティは、ろう児が手話言語と音声言語のバイリンガルに育つ権利を訴えてきました。Francois Grosjean氏 (※2)は、それはろう者の人権だと言っています(Grosjean, 1999-2003)。

日本では、ろう教育で手話言語を使うことを認める法律はまだありません。私の「World of Sign Languages」の講義でこのような日本の現状やほかのろう者コミュニティが抱える問題について知った学生たちはみんな驚きます。

 

―海外では、手話言語が学校教育で使われる言語として社会的地位を得ている国もあります。でも、日本では長い間、教師も生徒も手話を使うことが許されていなかったようですね。

それは、日本の政府が手話言語を言語だと考えていなかったからだと思います。

手話言語は単に音声言語をジェスチャーにしたものだ、と思っている人は多いです。音韻、形態、統語など、独自の言語構造を持っていることに気づいていないんです。

私の講義で比較的多くの知識を身につけている学生たちでさえ、手話言語に音韻があるということを知ると驚きます。音韻は「音」に関係するものだと思っていたからです。

例えば、英語の子音「p」は、有声性、調音点、調音法という3つのパラメータ(「p」はそれぞれ無声音、両唇音、閉鎖音)と関係しています。

例えば、そのパラメータの一つである有声性を無声音から有声音に変えると、音は「p」から「b」になります。

「p」を発音するときは、喉頭に振動がありませんよね。これは無声音です。「b」を発音するときは、振動があるので有声音です。このように一つの音が変わると、例えば「pin」(ピン)から「bin」(容器/ごみ箱)へとことばの意味が変わります。

手話言語にも、このようなパラメータがあるんです。

例えば、アメリカ手話(American Sign Language / ASL)では「father(お父さん)」と「mother(お母さん)」(手話言語研究所, 2024)の「父」「母」の動画参照)は、手の形(5本指を伸ばして広げた、数字「5」の形)と動き(親指の先を顔につける)が同じです。でも、手の場所が違います(fatherは額のあたり、motherは顎のあたり)。

このように、手の形・動き・場所のうちパラメータを一つ変えれば、違う意味のことばになります。まさに音声言語と同じことをしていますよね。手話言語を細かく分析していくと、単なるジェスチャーではなく本物の言語であることがわかります。

 

親御さんや学校の先生たちに伝えたいこと

―日本でも、手話言語を含め、複数の言語に触れながら育つ子どもたちは増えています。これまでの先生の研究成果を踏まえて、そのような子どもたちをサポートする親御さんや教師のみなさんにとって何かヒントや励みになる提案はありますか?

親御さんに対しては、知っている言語が多い分には後悔することは決してないけれど、少ないと必ず後悔しますよ、と伝えたいと思います。子どもたちは、いまは、複数の言語を学ばなければいけないことに対して文句を言うときがあるかもしれません。でも将来は、親からもらったマルチリンガリズムという贈りものに対して感謝してくれるようになります(トリリンガル育児に関する詳細はQuay & Chevalier, 2019を参照)。

ですから、親御さんたちには「ぜひ、マルチリンガル環境を続けてください」と励ましのことばを送りたいです。

一方、教師のみなさんには、まったく異なることをお伝えしたいと思います。「子どもが家庭で話している言語を先生たちが大切にすれば、その子どもは学校で活躍し、バイリンガルやトリリンガルに育つでしょう」ということです。

なぜなら、学校に入学してきたマルチリンガルの子どもたちがすでに持っている言語資源(linguistic resources)を無駄にしてしまっている国が多いからです。

子どもたちが学校に入学すると、親の影響力は大幅に低下して、学校の先生や同級生が子どもに影響を与えるようになります。

日本でもそのほかの国でも、学校に入学してくるマルチリンガルの子どもたちは、通常、家庭で使用する言語と学校で使用する言語が異なります。

学校で使用する言語の力が家庭の言語よりも弱いから言語力が不十分だ、と教師が見なしてしまうと、その子どもの家族は、家庭の言語を使わないよう促されます。なぜなら、教師は継承語の使用が社会の言語(学校で使用する言語)の発達を妨げると考えてしまうからです。

子どもたちが自分の家庭の言語を恥ずかしいと感じてしまうと、複数の言語を獲得する過程にいるバイリンガル(※3)やトリリンガルとして入学してきたとしても、最終的にバイリンガルやトリリンガルになることはないでしょう。

なぜなら、子どもたちの家庭で使用されている言語は、通常、社会の少数派言語であり、社会から否定的な見方をされるからです。

子どもたちが家庭の言語を失ってしまうことは、家庭における損失だけではなく、社会全体における損失でもあります。

―学校現場では、日本語を学ぶ必要のある生徒たちをどのようにサポートしてよいかわからない先生方も多いようですね(※4)

私たち研究者は、「家庭で使用している言語は子どもたちの言語資源であり、それが学校で必要な日本語を発達させるのに役立つ」、ということを、たくさんの時間をかけて先生方に理解してもらえるように取り組まなければならないと思います。

ちょうど今月(2024年8月)に国際応用言語学会(AILA)が開催する国際会議では、二言語の習得過程にいるバイリンガル児のコード・スイッチングについての論文を発表します。

データ(Quay, 2024)では、子どもたちが実際に自分の持っている言語資源をすべて活用しながら学校の言語を習得する段階に向かって移行していることが示されています。

ですから、教師のみなさんには、家庭の言語や手話言語を使うことを学校で禁止すべきではないとお伝えしたいです。

 

―具体的なデータがあれば先生方も理解しやすいかもしれませんね。ぜひ概要を教えていただきたいです。

カナダ西部の都市圏に住んでいて、父方の祖父母と母方の祖父母も同じ地域に住んでいる子どもについて調査をしました。

母方の祖父母は英語よりも中国語(広東語)のほうが得意ですが、両親と父方の祖父母はずっと英語で教育を受けてきました。

両親は、息子が社会の多数派言語である英語よりも少数派言語である広東語を先に十分習得できるように、小学校入学前にできるだけ多く広東語に触れさせようと明確な計画を立てていました。でも、父方の祖母は、弱いほうの言語(英語)に触れる機会を増やしてあげるために、孫と接するときには広東語と英語の両方で話すようにしていました。

その子どもは、プリスクールの一時保育で週4〜5時間英語に触れるようになったときに父方の祖母の家で定期的に過ごすようになりましたが、それまでは広東語のほうが強く、英語はほとんど話しませんでした。

この研究の目的は、父方の祖母の言語使用(広東語と英語の両方で話すこと)が、就学前の段階で二つの言語を習得する過程にいる子どものバイリンガリズムにどのような影響を与えるかを調査することです。

そこで、2歳9カ月から4歳10カ月までの間、父方の祖父母宅で毎週ビデオ録画を行いました。

 

―どのような発見がありましたか?

驚いた点は、この2年間プリスクールではほとんど英語を話さなかった子どもが祖母との会話では英語を使っていたことです。さらに、子どもが話す言語は、基本的には祖母が話す言語と一致していました。

また、複数の語(単語)が含まれる発話の場合、広東語のみを使って話しているときは単純な文でしたが、英語と広東語を組み合わせて話しているときは比較的長い文になっていました。

複数の節(いくつかの語が集まり意味を成している文の構成単位で、主語・述語を含む)が含まれる、より複雑な文になっていたんです。

また、英語のみを使って話している3語以上から成る文において、形態統語(語や文の構造)の知識を広東語から英語に応用していることを発見しました。

広東語と英語が基本的に同じS-V-O構造であることにより、強いほうの言語から弱いほうの言語へと形態統語知識の転移が促進されたんです。

英語のみを使っている発話をさらに詳しく調べたところ、表面的に見えている英語の要素の裏には、広東語の形態統語のルールを使った文構成が隠れていることもわかりました。

つまり、英語と広東語を組み合わせて発話するときと同じ戦略で、祖母が使う言語(英語)に合わせるために、強いほうの言語(広東語)を活用して弱いほうの言語(英語)で発話していたんです。

 

―強いほうの言語の知識が弱いほうの言語で話すときに役立っていたということですね。そうすると、バイリンガルの子どもが二つの言語を組み合わせて発話することは否定的に捉えるべきではないですね。

一般論では、小学校に入学してきたバイリンガルの子どもが話す英語は、間違いが多いブロークン・イングリッシュだと言われていますが、私の研究ではこの一般論を否定する結果が示されました。

子どもは、英語力が限られていたにもかかわらず、祖母が話す言語に適応して、自分が使える言語資源(広東語)を使ってコミュニケーションを図りました。

そして、この子どもが6歳半ごろになったときには、同年齢の英語モノリンガル児と同等の英語力があると学校で評価されました。

このことは、祖母のコード・スイッチング(二つの言語を切り替えながら発話すること )によって、より早く、そして、何も悪い結果を招くことなく、家庭で使う言語の習得から学校で使う言語の習得へと移行できたことを示唆しています。
このケース・スタディは、家庭でコード・スイッチングを使いながら二つの言語をインプットしてバイリンガルを育てる場面だけでなく、教育現場でバイリンガルの子どもたちに対応する場面にも示唆を与えてくれます。

小学校の先生方は、子どもたちが家庭で使う言語から言語資源を駆使して学校で使う言語を発達させることができる、という点を十分に認識すること、そして、二言語を習得する過程にいるバイリンガルの子どもたちを言語能力が不十分だとみなさないことが必要です。

継承語(親から受け継いだ言語)のアイデンティティを認め、英語学習者が使うハイブリッド言語(英語の要素と家庭言語の要素を組み合わせて使う言語)に対する見方を改めることは、英語圏に住む子どもたちの継承語維持を促し、その正当性を認めることになるのではないかと思います。

 

―日常的に使わない言語を維持するためには読み書きの力が重要、というお話がはじめのほうにありました。学校で使われていない言語で読み書きの力を身につけたい場合、どのような取り組みが役立つでしょうか。中村ジェニス先生(神奈川大学)との共同研究が関係していると思いますが、研究成果の概要を教えていただけますか?

このプロジェクト全体 (※5)は、日本語と英語のバイリンガル、かつ、その二つの文化に触れてきたバイカルチュラルの子どもたち(9〜14歳)を対象にした、英語のライティング力の評価に関する研究です。

子どもたちは全員、日本の公立学校に通い、週末は英語で授業を受ける補習校に通っています。これまで発表してきた論文は、この縦断的研究の最初の1年間を調べた結果についてですが、この子どもたちは、アメリカの同年齢の子どもたちと同等のライティング力があることがわかりました。

そこで、ライティング力を評価する標準テストにおいてスコアが高い子どもたち、平均的な子どもたち、低い子どもたちを比較しました。

その結果、スコアが高い子どもたちは、自分で自発的に、楽しみとして英語の本を読んでいる子どもたちであることがわかりました(Quay & Nakamura, 2023)。英語で読むことが大好きで、小説や物語を自分から進んで読んでいたんです。

これが大きな発見でした。

子どもたちが週末の補習校で過ごしている時間は年間30時間で、それほど長くありません。

今後は、同じ子どもたちを追跡調査し、4年間のテスト結果を検証することによって、週末の補習校に通う年数が増えるごとに英語のライティング力がどの程度発達するのかを確かめたいと考えています。

 

―もし読書がライティング力の向上に役立つのであれば、親御さんが家庭でサポートする方法についてのヒントになるかもしれませんね。本日は、ありがとうございました。

 

おわりに:トリリンガル児の第一言語は、大切な言語資源

Quay教授の研究成果によると、将来的にトリリンガルになるうえで不可欠な要因は、その言語が使われている国に住むことではなく、その言語を使う必要性です。

そして、もしその言語を日常的に聞いたり話したりする環境にいなくても、読み書きの継続が言語の維持につながることがわかりました。

そして、多くの親が気にしている「何歳から二つ目・三つ目の言語に触れ始めればいいのか」という疑問については、すべての子どもや家庭に当てはまる答えはないことも示されています。

それは、子どもや家族がどのような状況に置かれているか、三つの言語それぞれをどれくらい使えるようになったほうがよいのか、家庭でどのように言語を使ってどのような学校教育を受けさせるのか、ということがそれぞれ異なり、あまりにも多くの要因が存在するからです。

そのため、将来的な三言語の能力は、習得開始年齢という一つの要因だけで決まるわけではなく、Family Language Policy(言語に関する家庭の方針)次第であることを理解しておかなければなりません。

そして、親も教師も、子どもに早く第二言語や第三言語を身につけてほしいという想いから、「第一言語はほかの言語を習得するうえで妨げになる」、「第一言語は一切使わないようにしたほうがよい」などと考えてしまうかもしれませんがいが、これは間違った考え方であることもQuay教授のお話からわかりました。

第一言語は、むしろ、ほかの言語を習得する手助けとなり、家族や親戚、その文化とのつながりにもなります。子どもにとってもその家族にとっても大きな価値のある言語資源なのです。

そして、ろう児についても同じです。第一言語として手話言語を習得することが、第二言語として音声言語、第三言語として英語を習得するうえで有益になることがわかりました。

子どもが持っている言語資源を大切にすること、その言語資源をうまく活用してコミュニケーションを図ろうとする姿を肯定的に捉えること。まずは周りの大人がこの認識をもつことが、三つの言語に触れて育つ子どもが将来トリリンガルになるうえで重要な第一歩になると考えられます。

 

(※1)ろう児への言語指導に関する日本の基本方針や実践例については、文部科学省(2020)の資料をご参照ください。

(※2)スイスのヌーシャテル大学 言語・音声処理研究所(Language and Speech Processing Laboratory) 名誉教授。

(※3)複数の言語を獲得する過程にいる人は「エマージェント・バイリンガル」と呼ばれる(Garcia, 2009)。詳細は、別記事「英語を学んでいる日本人もバイリンガル? ~Blake Turnbull講師インタビュー」をご覧ください

(※4)詳しくは、別記事「外国ツールの子どもたちは、小さいころから日本に住んでいればネイティブのような日本語力を身につける? ~お茶の水女子大学大学院 西川朋美准教授インタビュー~」をご覧ください。

(※5)科研費プロジェクト No.21K00740(2021-2024 ※2025年まで延長) 「Heritage language literacy development in Japanese-educated children(IBS訳:日本語で教育を受ける子どもたちにおける継承言語のリテラシー発達)」(研究代表者:Suzanne Quay、研究分担者:中村ジェニス)(https://kaken.nii.ac.jp/en/grant/KAKENHI-PROJECT-21K00740/

 

 

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取材協力

国際督督教大学 教養学部 アーツ・サイエンス学科

Suzanne Quay(スザンヌ・クェイ)教授

ICUのクエイ先生のお写真

<プロフィール>

専門は、子どもの言語習得とマルチリンガリズム。

ブリティッシュコロンビア大学を卒業後、ケンブリッジ大学(言語学)にて修士号と博士号を取得。

国際基督教大学では、バイリンガリズム、言語学、言語教育など幅広い分野で教鞭をとり、家庭での言語政策、トランスランゲージングの実践、一生を通じてのマルチリンガリズムについても研究。研究対象には、マルチリンガルのろう者も含まれる。

著書に、S. Montanariとの共編『Multidisciplinary Perspectives on Multilingualism: The Fundamentals』(2019年De Gruyter出版)、客員編集者としても参加した『International Journal of Multilingualism』 の特別号『Trilingual Children in the Making: Data-driven insights』 (2011年Routledge出版) 、M. Deucharとの共著『Bilingual Acquisition: Theoretical Implications of a Case Study』(2000年Oxford University Press出版)など。

また、『First Language』、『 Journal of Child Language』、『International Journal of Bilingual Education and Bilingualism』、『Deafness and Education International』などの学術誌でも論文を発表している。

 

■関連記事

手話言語と音声言語のバイリンガル – もう一つのバイリンガルの世界

Thomas Bak博士インタビュー(中編)~人間にとって三~四言語を使うことは自然なこと~

 

参考文献

Garcia, O. (2009). Bilingual education in the 21st century: A global perspective. Wiley & Blackwell.

 

Quay, S. (2014). A simultaneous bilingual child’s early third language development in a limited input setting. Paper presented at the 41st Linguistics Association of Canada and the United States (LACUS) Forum, University of British Columbia, Vancouver, Canada, August 6–9, 2014.

 

Quay, S. & Chevalier, S. (2019). Fostering multilingualism in childhood. In S. Montanari & S. Quay (Eds.), Multidisciplinary perspectives on multilingualism (pp. 205–227). De Gruyter.

https://doi.org/10.1515/9781501507984-010

Available from

https://www.researchgate.net/publication/336347380_10_Fostering_Multilingualism_in_Childhood

 

Quay, S. & Montanari, S. (2019). Bilingualism and multilingualism. In A. De Houwer & L. Ortega (Eds.), The Cambridge handbook of bilingualism (pp. 544–560). Cambridge University Press.

https://doi.org/10.1017/9781316831922.028

Available from https://www.researchgate.net/publication/373389144_Bilingualism_and_Multilingualism

 

Quay, S. (2024, Aug. 13). Code-switching in an emergent bilingual child. Paper presented at the 21st AILA World Congress 2024, Kuala Lumpur, 11–16 August 2024.

 

Quay, S., & Nakamura, J. (2023). Factors affecting home language literacy development in Japanese-English bicultural children in Japan. Languages, 8(4), 251.

https://doi.org/10.3390/languages8040251

 

手話言語研究所(2024). 外国の手話:カナダの手話. 新しい手話の動画サイト. Retrieved from https://www.newsigns.jp/fsl/canada

 

文部科学省(2020). 聴覚障害教育の手引き:言語に関する指導の充実を目指して. Retrieved from https://www.mext.go.jp/content/20200324-mxt_tokubetu02-100002897_003.pdf

 

 

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