日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。

2024.05.28

授業における動機づけ ~Oga-Baldwin教授が日本の英語教育について考察(インタビュー)~

授業における動機づけ ~Oga-Baldwin教授が日本の英語教育について考察(インタビュー)~

早稲田大学のQuint Oga-Baldwin(クイント・オオガ=ボールドウィン)教授は、教育心理学を専門とし、日本における学習意欲を中心に研究しています。

兵庫教育大学で博士号を取得。日本の教育制度全般にわたって幅広い経験を持ち、各地の教育委員会と協力して教育者の質の向上に取り組んでいます。彼の研究は、外国語教育における動機づけに重点を置いており、指導方法に大きな影響を与えています。バイリンガル・バイカルチュラルの子どもたち4人を育てるOga-Baldwin教授は、専門的な見識を自身の家庭生活に応用。「Motivation2Learn」研究室ネットワークの所属メンバーとして、国際的な教育研究に貢献し、世界中の学生たちを指導しています。

 

まとめ

●日本の英語学習におけるモチベーション理論の応用:Oga-Baldwin教授は、英語教育におけるモチベーションとエンゲージメントの質を高めるために、自律性、有能感、関係性に重点を置く「自己決定理論」を応用して生徒の内発的動機づけを促すことを強調している。

●日本の英語教育についての見解: Oga-Baldwin教授は、日本の英語教育について思慮深い見解を示し、初等教育の面倒見の良さを高く評価する一方で、暗記や訳読に重点を置く中学・高校教育が抱える課題を指摘。その課題は、生徒の内発的動機づけに取り組み、学習内容と実践を結びつけることで改善できる可能性が彼の動機づけに関する研究で示されている。

●バイリンガル育成の方略を個人的に実践: Oga-Baldwin教授は、日本でバイリンガルの子どもたちを育てた自身の経験を共有し、動機づけの概念とバランスのとれた言語環境をいかに実践するかを解説。英語力と日本語力を両方高めること、そして家族内で異文化理解を深めることを第一に考える取り組みが明らかになった。

 

【目次】

 

Oga-Baldwin教授について知る

―なぜ日本へ来ることになったのですか?

最初は21歳のときに日本に来たのですが、それは空手が大好きだったからです。

大学で1年間日本語を勉強していたので、来日前に日本語の基礎はできていました。ひらがなとカタカナは読めましたし、漢字もいくつかは読めましたね。

最初に住んだところは福岡の小さな田舎町で、英語を話す人はほとんどいませんでした。ですから、私は日本語漬けになり、地元の人たちと交流するために日本語を使う必要がありました。交通事故に遭ったときに警察の対応をしたり、市役所に行ってあらゆる書類手続きをしたりするためには日本語が必要で、英語を頼りにすることはできなかったんです。

このような環境で生活したので、日本語を上達させる機会が得られましたし、長い目で見れば良い経験になりました。

 

―仕事や日常生活で日本語を不自由なく使えるようになるまで、どのくらいかかりましたか?

3、4年はかかりましたね。大手の英会話学校に勤めていたので、仕事の日はほとんど英語を使って過ごしましたが、家に帰ってからは日本語に集中するようにしていました。その最初の数年間にいまの妻(妻は日本人です)と出会い、日本語でコミュニケーションを取ることにしました。これがかなり役立ちましたね。

 

―大人になって日本語漬けになり、(奥さまと)日本語を使う場があったおかげで、二つの言語を伸ばすための良い環境が得られたのですね。いまはご自身のお子さんたちがいて、バイリンガルに育てていらっしゃるそうです。日本でバイリンガルの子どもたちを育てた経験は、どのようなものでしたか?

はい、子どもが4人います。家の外では日本語、家の中では英語というふうに、英語と日本語のバランスを取るようにしています。私たち夫婦が早くから決めていたルールの一つは、子どもたちが最初の数年間は英語だけでテレビなどのメディアに触れるようにすることでした。これは大変でしたね。一緒に暮らしていた日本人の義理の両親は、日本語のテレビをつけたり、子どもたちにアンパンマンを見せたりしますから。ですから、完璧ではありませんでしたが、きちんとバランスを保ちながら、十分な量の言語インプットを子どもたちに与えることはできましたし、それがとてもうまくいったと思います。

子どもたちが大きくなった今は、一度に数カ月間アメリカの家族のところに滞在させます。子どもたちをインターナショナル・スクールに通わせるのにかかる費用は、航空券代に使う金額とほぼ同じだろうと考えていました。ですから、子どもたちは日本の学校に通っていますが、定期的にアメリカに滞在し、日本語と英語の両方で質の高い言語インプットを与えています。

私は、子どもたちにバイリンガル(二つの言語を持つ)かつバイカルチュラル(二つの文化を持つ)になってほしいと思っています。それが、子どもたちをアメリカに行かせ、さまざまな英語の使われ方を体験させる理由の一つです。宗教がその役割を果たすこともあります。例えば、現代英語の慣用句は聖書に由来しているものが多いです。私たち夫婦は特に信心深いわけではないのですが、私の両親が子どもたちを教会に連れて行ってくれることは文化的な観点から見て有益です。 こういう方法でその言語を尊重する気持ちを養うことは、子どもたちのためになります。日本語も同様で、仏典に由来している慣用句や表現は多いです。このように子どもたちがバイリンガルのバイカルチャルな側面を身につけてくれるといいなと思います。

 

―お子さんたちの日本語を伸ばすためにどのようなことをしていますか?

日本で文化的・言語的スキルを伸ばすために私たちが選んだのは日本の学校です。私は、日本の公教育の大ファンなんです。公共部門で何年間も教えていましたし、長年にわたって公立学校の教師を養成してきました。私の経験から言うと、数学と語学の分野では、教育の質において素晴らしいところがいくつかあります。

初等教育は、全体的に子どもたちにとって温かい雰囲気で成長を促す場所になっています。中学校については、疑問視しているところがもう少しありますが、悪くはありません。ですが、詰め込み型の勉強をする文化があり、何でも詰め込んでおいて後々忘れてしまうような高校教育は、私はあまり好ましくないと思っています。私は、この教育システムで学んできた学部生たちを教えていますので、いまそれを実感しているところです。学生たちは、情報を知っていても、それがほかの知識とどうつながっているのかがわからないんです。これでは、知識を活用するために必要なスキルが身につきません。

学習には、インプットの量と質の両方が必要ですが、ただその教科を長時間勉強するだけでは、その知識を応用できるようになるとは限りません。そこで役立つのが指導や学習の質であり、これが私の主な研究テーマです。

 

日本で英語を外国語として学ぶための動機づけ

―第二言語習得(SLA)における動機づけの分野でどのようなことを研究したり調査したりしているのですか?

特に、英語の授業で教師が生徒に与える動機づけの質に注目しています。私が注目する動機づけのアプローチは、具体的には「自己決定理論」(※1)と呼ばれるものです。その場で課題をこなすモチベーションを与えることは比較的簡単ですが、私たち教師が教育のあらゆる分野で目指しているのは、長続きするような質の高いモチベーションを生み出すことです。たとえ見張っている人が誰もいなくても、生徒たちが自分の課題を成し遂げるために学んだり取り組んだりし続ける意欲を持っているということです。ときに教育現場では、取り組みを始めさせるために最初のひと押しが必要な課題があり、このひと押しがないとなかなか前に進まないこともあります。生徒がやりたくないと思う活動もあるかもしれませんが、そのようなときこそ、決まった時間と場所で活動を始めることが必要なのです。いったん始まれば、それ自体が糧になります。

でも、生徒たちのエンゲージメントがそのレベルに到達するのを手助けするために何をするかが非常に重要なんです。もし、「これはテストに出るからやらなければならないよ」、「これをやったらお金をあげるよ」というようなことを言い続けなければいけないのであれば、一時的なエンゲージメントを生み出しただけということです。毎回のように脅しやごほうびによって生徒の背中を後押ししなければいけなくなり、苦労することになるでしょう。ですから、私が注目している動機づけのアプローチで達成しようとしていることは、どうすれば生徒が課題に取りかかりやすくなるのかを最初に考えることです。

このような見方をするとき、学習者の自律性をサポートする方法、つまり、生徒が自分のやっていることに納得できるようにする方法を見つけようとしています。それは、自分のやっている活動が良いと思って積極的に関与してもらうためのアイディアです。そしてこれは、その生徒が積極的に関与するかどうかにかかわらず、学校という環境においてあらゆる変化をもたらします。

教師は、課題をもっと明確にしたり簡単にやり遂げられるようにしたりすること、そして、単に生徒たちから好かれて信頼される人物になることで、生徒が納得して取り組めるようにすることができます。教師は、自分が好かれるために時間を割かなければ、生徒たちのやる気を起こさせることが難しくなる、という点を忘れてしまうことがあると思います。

伝統的な自己決定理論では、三つの中核的な動機づけ欲求を満たすことに焦点を当てています。その三つの欲求とは、自律性、関係性、有能感であり、より現代的な言い方をすれば、関与、帰属意識、能力です。

 

―では、念のため明確にしておきたいのですが、「自律性(autonomy)」は関与(involvement)、「関係性(relatedness)」は帰属意識(belongingness)、「有能感(competency)」は能力(ability)に相当するという理解で合っていますか?これらは教室でどのように見えてくるのでしょうか?

はい、合っています。もし教師がこれら「関与」「帰属意識」「能力」という欲求の土台をカバーすることができれば、生徒たちは少なくとも、この授業に参加するのが面倒だとは感じないでしょう。この状況こそ、私たち教師が本当に望んでいることではないでしょうか。生徒が英語の授業に出ることを面倒だと感じないようにするためなのですが、往々にして多くの生徒がそのような態度を取るんです。よく「英語嫌いの発生」と話題になりますが、それはなぜ起こるのでしょうか。それは多くの場合、自分には能力がないと感じる、「わかった」という実感をもてない、といった第一印象によって起こるものです。そして、その時点からずっと自分自身に対してそのような見方をし続けることになります。

これは本当に残念なことです。もし子どもたちが自分自身をこのように見ていて、学校もその子どもたちを同じように見ているとしたら、それは単なる「英語嫌い」ではなく、「学校嫌い」だからです。そして、その学校嫌いは、学年が上がるにつれて数学や音楽など他教科にも影響することになるでしょう。生徒の自分自身に対するこのような見方は、「君は英語も数学も苦手なようだね」などと生徒に言う教師が長引かせる可能性があります。あたかも特定の人たちは特定の種類の教科しか学べないかのような言い方ですよね。そして、これは日本に限ったことではありません。私が育ったアメリカでさえ、このような見方はよくあります。

私は、単に自分は数学が苦手なんだと思って育ちました。いや、能力が足りないから数学が苦手だったわけではないのですが、どちらかというと、一旦「数学が苦手」というレッテルを貼られたら、その後もずっと「数学が苦手な生徒」として扱われ続けた、ということです。実際にそうだとわかっていたのは、高校生のときに、かつて大学サッカーの選手だった女性の先生が教える代数(数学)の授業があったからです。この先生は、数学の授業を体育の授業のように教えていました。数学のスキルをとにかく練習するよう私たち生徒に勧めたんです。そして、いま練習しているスキルを、なぜ、どのように使って、授業でやることを成し遂げるのか、という見通しを示してくれました。ほかの数学の授業では毎回苦労しましたが、この数学の授業では何かを学んだ気がしました。

英語も同じように、自分の特徴を根本的に示すもの(例:「苦手」というレッテルを貼られる、など)ではなく、これから練習していくスキルとして扱えば、モチベーションをかなり下げてしまうような、学習者に対する限定的な見方を防ぐことができます。

私は、英語を「漢文」(古文の文法構造を学ぶこと)のように扱う傾向があることが心配です。漢文は、コミュニケーションのためではなく、テストに合格するために学ぶものです。それは中学2、3年生でやることに相当します。英語は、コミュニケーションのために学ぶものではなく、翻訳するものになっています。翻訳が悪いと言っているのではありません。どのように日本語に訳すかを学ぶことは価値のあるスキルです。でも、日本語に訳すことしかできないとなると、言語のほかの面で上達することはないでしょう。体育の授業で、1年間腕立て伏せしかやらないようなものです。わかりますよね。腕立て伏せはうまくなりますが、それ以外はあまりうまくなりません。

目標は課題をやり遂げるために大切ですが、人間が目標によって特別にやる気を起こすとは私は思いません。私たちは今という瞬間に根ざした生き物なのですから、遠い先の目標を持つよう生徒たちに期待することは、かなり楽観的です。

つまり、今この瞬間に「うまくいく」と感じれば、ほとんどの場合は「これからもうまくいく」と感じるでしょう。望ましい将来の目標に向かって努力するために、自己調整や自己管理を身につけるよう生徒たちに働きかけることは重要です。

でも一方で、自律性、関係性、有能感といった基本的な欲求がサポートされていると感じられるような教室環境を整えることもできれば、実際に生徒たちがその目標への道筋をもっとうまく歩めるようにすることができます。

そして、小学校だけでなく高校までも含めて、教師がこのような態度を養えば養うほど、長期間にわたってやらなくてはならないことをやらせる、というところに重点を置くのではなく、「将来の成長につながりそうだとわかる」という安心感とともに今すぐ行動を起こさせることに重点を置けるようになります。

 

研究結果:学校で英語を学ぶ日本人生徒に動機づけがどのように影響するか

―先生が研究されているモチベーション理論の背景にある考え方を説明していただきありがとうございました。この理論を応用して日本の生徒たちのニーズを満たそうとする中で、どのような発見がありましたか?

もちろんです。簡単に言うと、生徒が自律性、関係性、有能感をより強く感じると、自分がやっていることはおもしろくて楽しいという感覚をより持つようになります。この程度によって、生徒のモチベーションが長続きするかどうか、そして最終的な成果がどうなるかを予測することができます。

これは論理的に理にかなっているんです。イメージしてみてください。英語の授業が終わったあと、私はとても楽しい時間を過ごしたと感じています。そして、先生は私が困っていることを解決できるように助けてくれたので、その先生のことが好きだと感じています。そして学校の宿題を眺めるんです。授業が十分楽しかったので、まずは英語の宿題からやり始めるだろうと思います。そして、その宿題を終わらせるでしょう。このサイクルが続けば、教師が生徒の欲求を満たすことで授業に積極的に参加しているとき、生徒は自分の学習プロセスにもっと関与するようになり、より良い成果を上げ始めます。そして、帰国生のクラスメートと会話しようとしたり、自分で英会話教室に行ったりして、自主的に英語を勉強し続けるかもしれません。

 

―教室での動機づけに関する研究は、一般的に研究参加者が少ない(生徒20~100人)ものが多いですよね。先生の研究では、大人数の生徒たちに協力してもらう機会はありましたか?

幸いなことに、日本の教育委員会のご厚意により、授業研究のために大きなサンプル数を提供していただいています。一番サンプル数が少ない研究でも約500人だったと思いますし、別の研究では、1,000人近い中学生に協力していただきました。

私が現在取り組んでいる最近の研究では、約2,000人の小学生が含まれています。教育分野におけるほかの授業研究と比べると、私の研究はサンプル数が多いです。実際、私の研究の一つでは、ある小さな町の中学生全員と、かなりの人数の小学5、6年生を対象に調査することができました。この研究は、Luke Fryer先生(※2)と一緒に取り組んだ縦断的研究で、現在、論文発表に向けて準備しているところです。

 

―その研究ではどのようなことを調査したのでしょうか?

小学校では5年生から6年生になったとき、中学校では1年生から3年生になったとき、英語の授業で生徒のモチベーションや態度がどのように変化するかを見たいと思って調べました。

 

―発表された論文を読むのが楽しみです。子どもたちは外国語活動として授業を受ける小学3・4年生から教科として授業を受ける小学5・6年生になり、そして中学生になりますが、このような移行期はおそらく多くの生徒が苦労しています。モチベーションの観点からどのようなことを意識すべきでしょうか?

小学校から中学校への移行期を継続的に調査したデータサンプルは特に収集していないのですが、移行期の間もずっと内発的(内的)な動機づけや自律的な動機づけが重要であることに変わりはありません。つまり、自分たちのやっていることに対して納得したい、という生徒たちの欲求は、常に重要なんです。確かに、外的な方法で短期的なモチベーションを生み出すことはできますが、それがやる気を高めるための主な手段だとしたら、長続きはしません。

現時点で私が言えることは、先ほどお話しした2,000人ほどの小学生を対象に取り組んでいるフォニックス学習プロジェクト(Phonics Learning Project)に基づく見解です。3年生と4年生、5年生と6年生を比べたところ、フォニックスの認識能力に差はまったく見られませんでした。この時期は、従来、ローマ字を学ぶ時期です。ローマ字で音と文字の対応を学ぶんです。

3・4年生のときには、フォニックスの認識スキルはあまり伸びません。でも、5年生からは、定期的により多くの文字を認識できるようになります。小学3・4年生の英語指導では、最低でも70時間以上の授業時間を確保すると、英単語の音素を識別する能力の伸びにつながるようです。
4年生から5年生にかけてはスキルが飛躍的に伸びたことがわかりましたが、5年生から6年生にかけては比較的横ばいでした。

モチベーションの面については、まだデータを収集中ですが、生徒が自分のやっていることに納得し、そのプロセスを楽しんでいると、「自分は英語を読めるようになる」という感覚を持つようになることがわかります。私たちが開発したフォニックス学習プログラムは、有能性だけでなく、納得感も組み込まれていることは確かですが、帰属意識の欲求も満たすにはどうしたらいいかを考えています。これを達成する方法の一つは、教室内の誰かとつながっている感覚を生み出すことなのですが、具体的にどう応用するかはまだ検討中です。

この研究プロジェクトの目標は、モチベーションとスキル(フォニックス)を向上させるために、教室活動をデジタル化することです。そうすることで、生徒たちが授業に出席することを楽しみにして、英語の教材にもっと興味を持ってくれるのではないかと期待しています。

日本でフォニックス(音と文字の対応)を教える場合は、実はひらがなやカタカナを教える時期から指導を始めます。もちろん、ひらがなやカタカナのシステムは英語よりもずっとシンプルで、音と文字の結びつきも一貫しています。そのため、ひらがなとカタカナを教えてから英語のフォニックスのシステムを教え続けるのが自然なプロセスです。でも、英語の読みを教えるころには、日本語では漢字の学習に重点が置かれているので、漢字学習で求められる単語の丸暗記という方略が根づいてしまっています。残念ながら、そのような学習のアプローチや考え方は、英語の音のシステムを学ぶうえで妨げになると思います。単語を口に出し、音と文字を対応させる能力こそがフォニックスによって教えるものであり、この手法は英語を読めるようになるためにとても効果的です。

 

―それでは、授業での実践についてお話を伺いたいです。先生たちが自律性、有能感、関係性の欲求を授業で満たせるようにするためのヒントを教えてください。

私は、先生がロールモデルになることをお勧めします。生徒たちに授業で英語を使って積極的に関与してほしいと思うのであれば、生徒たちは先生が日常的に英語を使おうとする姿を見るべきです。そういう先生の姿を毎日のように目にする、というふうにするんです。先生が英語を使う練習をしているところを見れば、生徒も練習しようという気になりやすいです。また、先生が楽しみながら英語の練習をしようとしていれば、生徒の関与の感覚も高まります。

さまざまな短時間の活動を取り入れることは、ツァイガルニク効果と呼ばれる強力な心理的効果をもたらします。このツァイガルニク効果では、私たちは、あるタスクを完了する前に少し休憩を取り、あとでそのタスクに戻るときに、物事を行ったり、物事に再び取り組んだりする意欲が高まると言われています。何かタスクに取り組み始めたら最後まで終わらせたいというのが一般的な欲求です。でも、タスクを完了させるというよりも、休憩を取ったり、歌やゲーム遊びなど、もっと短時間でもっと変化に富んだ活動に切り替えたりすることで、生徒を積極的に参加させてモチベーションを高めることができます。

前向きな学習環境をつくろうとするときは、教室文化を考慮することが重要です。生徒たちの間で帰属意識が共有されていますか?生徒たちはうまく協力してお互いに助合っていますか?先生たちは、協働や健全な競争を促す活動を設計することで、このような共同体感覚を育むことができます。そうすれば、生徒たちはより強い帰属意識を持ち、自分の能力に自信を持つようになります。「英語を使うことは普通だ」というような環境をつくることは、なぜ英語を使っているのか、何を期待されているのかを明確にして、目的意識を持たせることにもなります。

 

Oga-Baldwin教授の研究についてもっと詳しく知るには?その研究からさらに学ぶためには?

―いまお話しいただいた提案内容を授業で実践する方法について詳しく知りたい場合は、どこで情報を得られますか?

先生方がもっと詳しく学びたいと思われる場合は、お気軽にご連絡いただけるとうれしいです。ぜひ教師のみなさんとお話ししたいと思っています。日本語でも英語でも定期的に勉強会を開催しているので、研修会をしたり、休み時間に先生方と一緒に現職者研修を実施できたりしたらうれしいですね。もしお声かけいただければ、コーチングをすることもできます。

 

バイリンガル育児に応用するモチベーション理論

―先生のお子さんたちのお話に戻りますが、お子さんたちをバイリンガルに育てるために、こうした動機づけのアプローチを実践されましたか?

そうですね。親になるというのは大変なことで、子育てに伴う感情をコントロールするのはかなり難しいです。バイリンガルであることに意義があると感じてもらい、家族で取り組んでいることに納得してもらうにはどうしたらいいか、長い時間をかけて考えてきました。私が子どもたちに対して実践したことの一つは、「おもちゃは自分のお金で買うべきだけれど、本や学用品を買いたいなら、親は迷わずお金を出すよ」と伝えることです。何か発想したり自己表現したりしようと努力することは、自分たち家族の中では価値のある素質だ、ということを示したかったんです。

私たち夫婦は、「一親一言語(one parent – one language)」のアプローチはとりません。母親も父親も両方の言語を使うのですが、そこには、子どもたちも同じように両方使ってほしいという期待があります。ですから、親が望むことのお手本を子どもたちに見せて、納得感を高める方法を見つけることが大切です。

 

―日本で英語を学んだり楽しんだりすることに対して前向きなモチベーションを持てるようになる望みがあると伺い、とてもうれしく思います。本日はお話しいただき、ありがとうございました。

(※1)動機づけの理論。自律性、有能感、関係性という生徒たちが持つ中核的な欲求を満たすことによる内発的動機づけに焦点を当てている。

(※2)香港大学の准教授。言語学習の動機づけやAIを活用した学習に注目した研究を行う。Oga-Baldwin教授との共同研究:Oga-Baldwin & Fryer(2018)、Oga-Baldwin & Fryer(2020)。

 

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【取材協力】

早稲田大学教育・総合科学学術院 Quint Oga-Baldwin(クイント・オオガ=ボールドウィン)教授

Oga-Baldwin教授のお写真

<プロフィール>

教育心理学を専門とし、日本における学習意欲を中心に研究。兵庫教育大学で博士号を取得。日本の教育制度全般にわたって幅広い経験を持ち、各地の教育委員会と協力して教育者の質の向上に取り組む。外国語教育における動機づけに重点を置き、指導方法に大きな影響を与えている。また、バイリンガル・バイカルチュラルの子どもたち4人を育てながら、専門的な見識を自身の家庭生活に応用。「Motivation2Learn」研究室ネットワークの所属メンバーとして、国際的な教育研究に貢献し、世界中の学生たちを指導している。

【Oga-Baldwin教授の連絡先】

メールアドレス: quint@waseda .jp

ホームページ:  https://www.quint.space/

 

参考文献

Oga-Baldwin, W. L. Q., & Fryer, L. K. (2018). Schools can improve motivational quality: Profile transitions across early foreign language learning experiences. Motivation and Emotion, 42(4), 527–545.

https://doi.org/10.1007/s11031-018-9681-7

 

Oga-Baldwin, W. L. Q., & Fryer, L. K. (2020). Profiles of language learning motivation: Are new and own languages different? Learning and Individual Differences, 79, 101852.

https://doi.org/10.1016/j.lindif.2020.101852

 

 

 

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