日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2023.09.25
ランカスター大学のJudit Kormos(ジュディット・コーモス)教授インタビュー記事の後編です。
【目次】
―同じ診断を受けた子どもたち全員が同じ強みを持っているわけではありませんが、自分の強みを見つけられるように手助けをすることは重要ですね。先ほど、言語教育におけるマルチモダリティについて触れられましたが、日本のSpLD(学習困難)の子どもたちに英語を教えるときに役立つヒントを教えていただけますか?
まず、小さい子どもや英語を学び始めたばかりの人に教える場合は、音韻認識のトレーニングから始めます。音韻認識能力は、異なる言語間で転移するため、日本語でのトレーニングが英語に影響を与えることもあれば、その逆もあり得ます。 リズム、音楽、手拍子、動きなど、音で遊ぶことによって身につけることができます。
SpLDの生徒には、明示的な指導が有効で、規則性に気づくように手助けするといいですね。でも、昔の文法訳読法に戻るということではありません。「Focus on Form(フォーカス・オン・フォーム)」(意味重視のコミュニケーション活動の中で音や語、文の規則などに注目させることにより、言語の形式と意味・機能を結びつけられるようにする)の手法に近いです。
スペリングについては、可能であれば、生徒が自分でルールを発見できるように質問を投げかける活動を通じて、正しいスペリングに注意を向けさせる指導が役立ちます。英語のスペリングは不規則に見えるかもしれませんが、規則的なルールの多くは教えることができます。ただ、SpLDの生徒は、サポートがなければそのルールを認識できない可能性が高いです。教師でさえ、そのルールを教わったことがないゆえに気づいていない場合もあります。
学習者をサポートするもう一つの分野は、記憶のサポートです。大きく分けて、多感覚を使う手法とジェスチャーを使う手法があります。第二言語習得の研究から、ジェスチャーや色を使ったり、単語を視覚化したり、絵を描いたり、実際にその動作をしてみたりすることは、すべて語彙学習に役立つことがわかっています。(そのほかの具体例:Nijakowska, 2010)
生徒が物事を覚えられるように手助けすることは、語彙学習に限らず、プレゼンテーションやエッセイの計画の立て方、文章をよりよく理解する方法など、より一般的な学習にも役立ちます。方法としては、自己質問の活動、マインドマップやコンセプトマップの作成などがあります。これには、文章をどのようなプロセスで読んだり聞いたりしているかを意識するメタ認知トレーニングも含まれます。生徒は、文章を読んでいて理解できないことがあったときにどうすれば理解できるようになるのかを学ぶんです。
(参考資料 : https://www.cambridge.org/gb/files/2415/7856/0079/CambridgePapersInELT_SpLDs_2020_ONLINE.pdf?utm_source=wobl&utm_medium=blog&utm_content=woblcontent&utm_campaign=insights&utm_class=download , ジュディット・コーモス & アン・マーガレット・スミス, 2017; Kormos & Smith, 2024)
もし子どもたちが自分でなんとかしてうまく軌道に乗る必要があれば、学習についていけるように、全体的に物事を細かくステップに分けてあげると良いですね。これは、子どもたちの将来にとって重要な要素である「自律的な学習者」になるための手助けになります。
もう一つ、教師が気をつけなければならないことは、授業のペースをゆっくりにすることです。カリキュラム通りに進めると、子どもたちにとってペースが速すぎることが多いので、何らかの個別化をカリキュラムに組み込まなければなりません。どのクラスにも、才能があって学習活動に取り組むのが速い子ども、中くらいの子ども、そしてゆっくりな子どもがいます。ですから、教室内でのさまざまなニーズ(個別化)に応じて調整することが役立ちます。そう聞くと、大変だと感じる先生もいるかもしれませんが、3種類のタスクを用意しなければならないというわけではありません。同じ活動の中で個別化する、ということです。例えば、空欄に単語を書き込む代わりに、選択肢の中から正解を選んで丸をつける、という取り組み方をする生徒がいても良いんです。
復習と反復は、カリキュラムをどんどん進めることが奨励される従来の授業では軽視されがちなことですが、学習困難のある生徒たちにとっては重要です。その根拠として、勉強のために間隔を空けて練習(復習)することの効果を調べた研究があります(Suzuki, Yokosawa and Aline, 2022)。
デジタル・ツールの有効性についても忘れてはなりません。ただ、生徒たちがツールの効果的な使い方を知る必要はありますね。例えば、スペル・チェック、単語学習アプリのQuizlet、マインドマップ、オンライン・オーガナイザーなどのツールがあります。
―役立つ方法が本当にたくさんあるんですね。一つひとつを掘り下げてお話しする時間がもっとあればいいのですが、きっと読者のみなさんは、このリストをもとにインターネットで実践例を調べられると思います。ここまで、学習ペースがゆっくりな生徒をサポートする方法として、個別化やさまざまなテクニックについてお話いただきました。では、クラスのほかの子どもたちのことを心配する人たちには、どのように伝えますか?教師がこのようなテクニックに集中するあまり、学習能力が優れている生徒の成長を妨げてしまわないか気になります。
そんなことはありません。インクルーシブな指導(先ほどお話しした方法)がすべての生徒にとって役立つことは、研究で証拠づけられています (Molina Roldán et al, 2021)。私は、個別化がとても重要だと考えています。実際、すべての生徒が潜在能力を最大限に発揮するためには、個別化が不可欠です。というのも、(ほとんどの学校がそうしているように)クラスの平均値に合わせて指導すると、才能ある生徒はやはり取り残されてしまうからです。もし個別化を図らないとなると、はじめから生徒の中間層にしか焦点を当てていないことになります。ですから重要なことは、すべての能力範囲に注意を払うことなんです。そのために、インプットとアウトプットの機会を多様にして、選択肢を与え、生徒のモチベーションを高めます。このような戦略は、どの生徒にとっても有益です。
もちろん、単に特別なサポートが必要な生徒もいます。学校は、できれば教師以外の誰かがその生徒をサポートできるようにしたいですね。教室でできることはすべて取り組んだのにうまくいかないときは、特別なサポートが必要ということです。そのような生徒たちを集めて授業外でサポートする体制をつくることは、一人ひとりを個別にサポートするよりも役に立ち、学校にとっても対応しやすいかもしれません。実際、グループよりも個別で介入したほうが良いことを裏づけた研究はあまりないです。ですから、学校内にグループ指導のプログラムを用意できるのであればとても良いですね。
―日本では、小学3年生から英語が必修科目です。これは、特別支援学校(認知能力や聴覚、視覚などに障害のある子どもたちのための学校)でも同じです。子どもたちは、たとえ学ぶのに苦労したとしても、英語やほかの言語を学ぶ機会を持つことが重要だと言えるのはなぜですか?
この質問は、言語の価値についての議論につながると思います。言語を学ぶことには、間違いなく実用的な価値があります。例えば、ハンガリーの学校では、視覚障害のある生徒に対する英語教育にかなり重点が置かれています。英語が使われることが多いコンピュータの業界で働けるようになるからです。この英語教育は、英語の文章を音声で読み上げるツールなど、さまざまなアクセシビリティ・ツールを使うことで実現できます。私は、視覚障害のある生徒が英語を学ぶことはとても重要だと思います。
知り合いに、視覚障害を持ちながらハンガリーで英語教師をしている方がいるのですが、彼女は修士論文で、目の不自由な人たちがどのように教室で教えられるか研究していました。ハンガリー滞在中、目の不自由な生徒をたくさん教える機会に恵まれましたが、彼らは言語学習がとても上手で、特に発音が素晴らしかったです。ですから、視覚障害のある生徒たちにとって、外国語学習にどのような実用的価値があるかは明らかです。
聴覚障害のある生徒たちは、手話だけではなく、日本語の読み方も学びます。日本語の手話は話しことば(音声言語)とは異なる言語なので、日本語の読み方を学んでいる聴覚障害者は、すでに第二言語を学んでいることになります。そして、英語は第三言語として学ぶんです。言語スキルは、ある言語から別の言語に転移し得るので、聴覚障害のある生徒が第三言語をより効果的に学びやすい可能性があります。英語は、英語の映画を見たり、より多くの人と関わったりできるようになることで、彼らの視野を広げてくれます。聴覚障害者のための大規模で国際的なコミュニティがあるのですが、そこに参加することもできます。そうすれば、ほかの手話言語の習得も容易になるかもしれません。
複数の言語を学ぶことは、特に低年齢から始めると認知能力に良い影響があることがわかっているので、認知能力の低い生徒の力を伸ばすのに役立つかもしれません (Barac and Bialystok, 2012)。例えば、ワーキングメモリは16歳までに発達するので、それ以降にトレーニングすることはとても難しいです。
ほかの言語を学ぶことは、他者の立場に立って物事を考える能力である「心の理論」など、社会的思考力を支える可能性もあります。
このようなメリットを考えれば、すべての生徒にチャンスを与えて、どうすればうまくいくか調べることが重要です。このチャンスを奪うことは、彼らにとってマイナスになると考えています。
―ありがとうございます!言語を効果的に学ぶためには、インプット量が重要だと言われていますよね。でも日本では、なかなか英語に触れる機会を週3時間以上確保できない人が多いです。特に、すでに学習困難を抱えている人たちの中には、このインプット量が実際にどれくらい意味があるのか疑問に思う人もいるかもしれません。最後に、この点について何かご意見はありますか?
たとえ週に3時間であっても、教育が無意味になるとは思いません。その程度のインプットでも積み重なれば、たとえ効果が見えにくくても、生徒の視野は確実に広がります。ほかの言語を学ぶことは、メタ言語意識を支え、それがほかの学習にも役立ちます。英単語を学べば、化学や数学を学ぶときに、その分野の専門用語をにどう対応すればいいかわかるようになります。
ですから、はっきりと目に見える効果ではないものの、多くのメリットがありますし、教育は学習成果だけを目的とすべきではないと思います。私たちは、子どもたちが単純に学びを楽しむこと、あらゆるタイプの子どもたちにとって楽しい学習環境を提供することがもたらす情緒面での効果を軽視するべきではありません。
(以上、インタビュー内容をお届けしました)
【取材協力】
Judit Kormos(ジュディット・コーモス)
ランカスター大学言語学・英語学部 教授
https://www.lancaster.ac.uk/linguistics/about/people/judit-kormos
主に、第二言語学習の心理学的側面や、特別な教育的支援を必要とする生徒の外国語学習支援などについて研究
http://wp.lancs.ac.uk/learning-languages-with-splds/
特別な教育的支援を必要とする子どもに他の言語を教えるとき使う資料などを掲載。
【著書】
“Teaching Languages to Students with Specific Learning Differences 2nd edition” (2024) by Judit Kormos and Anne Margaret Smith
“The Second Language Learning Processes of Students with Specific Learning Difficulties” (2017) by Judit Kormos
日本語翻訳版: 「学習障がいのある児童・生徒のための外国語教育――その基本概念、指導方法、アセスメント、関連機関との連携(2017)
【教員研修】
ENGaGE(ユニバーサル・デザインのための教員研修プラットフォーム):http://screenager.hu/html5/page.php?kid1=t_d9926f6b91ad2c_2a2c6e4e15c716&kid2=t_d9926f6b91ad2c&d1=classroom.engage.teachertraining&d2=agnesgodo&d3=
オンライン・コース 「ディスレクシアと外国語指導」
https://www.futurelearn.com/courses/dyslexia
■関連記事
Barac, R. and Bialystok, E. (2012) ‘Bilingual Effects on Cognitive and Linguistic Development:言語、文化的背景、教育の役割」、 児童発達83(2)、413-422頁。 Available at:
https://doi.org/10.1111/j.1467-8624.2011.01707.x
Kormos, J. & Smith, A.M. (2024) Teaching languages to students with specific learning differences. Second edition. Bristol ; Jackson: Multilingual Matters (MM textbooks, Volume 18).
Molina Roldán, S. et al. (2021) ‘How Inclusive Interactive Learning Environments Benefit Students Without Special Needs’, Frontiers in Psychology, 12. Available at:
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2021.661427 (Accessed: 8 August 2023).
Nijakowska, J. (2010) Dyslexia in the Foreign Language Classroom. Multilingual Matters.
Suzuki, Y., Yokosawa, S. & Aline, D. (2022) ‘The role of working memory in blocked and interleaved grammar practice: Proceduralization of L2 syntax’, Language Teaching Research, 26(4), pp. 671–695. Available at:
https://doi.org/10.1177/1362168820913985
Tanji, T. & Inoue, T. (2022) ‘Early prediction of reading development in Japanese hiragana and kanji: a longitudinal study from kindergarten to grade 1’, Reading and Writing, 35(3), pp. 645–661. Available at:
https://doi.org/10.1007/s11145-021-10197-8
Wydell, T.N. (2022) ‘Can Research in Developmental Dyslexia in Alphabetic Languages Help Identify Developmental Dyslexia in Japanese and Subsequently Lead to Effective Intervention Programmes?’, Japanese Journal of Learning Disabilities, 31(4), pp. 336–343.
ジュディット・コーモス & アン・マーガレット・スミス (2017) 学習障がいのある児童・生徒のための外国語教育――その基本概念、指導方法、アセスメント、関連機関との連携.監修:竹田契一, 翻訳:飯島睦美ほか. 明石書店.