日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.08.10
東洋英和女学院大学 笹島教授への取材記事後編です。
写真提供:笹島茂教授
<2018年:ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ市 Srednja ugostiteljsko-turistička škola (High School of Catering and Tourism)訪問時にCLIL授業(観光)参観後、先生・生徒と>
【目次】
―日本の学校教育の中でCLILを実践することには、どのような意義や価値がありますか?
いまは英語教育がうまくいっていないと思います。TOEFLなどのテストでは日本は世界と比べると最下位のほうですよね。英語ができる人とできない人の差が大きくなってきています。
私は教職課程の授業も担当しているので、中学校・高校の英語授業を見ることがありますが、意外に昔と変わらないような文法訳読の授業をしている先生方がいるんですね。このような状況は、学習指導要領がいくら変わっても、この20〜30年変わっていません。
基本をきちんと教えていますし、必ずしも文法訳読の授業がつまらないとは限らないのですが、生徒はやはり英語を使いたい、英語を話したいと思っている。
ですから、英語を使う場面をつくると、授業は活性化します。小学校のときにそういう授業を受けた子どもたちは、中学校に入ったあとも、小学校で学んだことを覚えている傾向にあります。
先日、英語教師を目指している学生の話を聞いたところ、「私は受験のための勉強しかしてこなかったので、そういうつまらない授業をやる先生にはなりたくない」と言っていました。
英語教育を発展させるには、英語指導のテクニックではなく、先生方の信念や思い込みが変わらないといけないと思っています。そのために、10年以上前に池田真先生(上智大学)と相談してCLILを普及させようと決めました。
─CLILには先生たちの信念や思い込みを変えられる可能性がある、というお話がありました。具体的には、どのように変えることができるでしょうか?
やはり生徒の反応によって、先生の考え方が変わると思いますね。それは実際にCLIL授業をやってみれば、すぐわかると思いますが、生徒たちの目の色が変わりますし、活動が変わってきます。
例えば、EMI(English Medium Instruction/英語で行う授業)という方針で「すべて英語で授業をやりましょう」とすると、通常、生徒たちの多くは思ったことを話せなくなります。でも、CLILでは「バイリンガル(日本語と英語の両方を使う)でもいいよ」と伝えて授業をします。単純にもっと英語を使いましょう、間違ってもいいから話しましょう、という考え方ですね。
また、CLILでは、まずは、生徒の意欲をいかに喚起するかということを考えます。そして、生徒の動機づけが高まると、自分で勉強するようになります。自分で学習方法を見つけた人は、その学習内容をものにするんです。このような自律学習をどのように促すか、どのように生徒たちに気づかせるか、ということはヨーロッパでも、重視されています。
今度、日本語を学習しているボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ大学の学生とオンラインで交流することになっています。このように、CLILの考え方で授業に接していると、教師は、いろいろなことを授業に取り込もうとするようになります。
すると、英語学習だけに注目するのではなく、「ボスニア・ヘルツェゴビナはどのような国なんだろう?」、「彼らはなぜ日本語を勉強しているんだろう?」、「ボスニア・ヘルツェゴビナではどのような言語が話されているんだろう?」ということに興味が湧いて、「内容」のある授業になります。
―生徒に英語をいかに使わせるか、いかに自律学習を促すか、いかに「内容」のある授業にするか、といった点で教師の考え方が変わっていくのですね。
CLILは、Content and Language Integrated Learningの略ですが、Cross-curricular learning(教科横断学習)などとも呼ばれ、英国などで行われていますし、日本でも「教科等横断型」の指導が求められていますね。
しかし、実際には教師がそれぞれの専門に分かれているので、このようなカリキュラムはシステム的に難しいです。例えば、英語と理科の教科横断型の授業をしようとすると、英語の先生と理科の先生、二人の教師が教室内にいなければならないので、非効率的でもあります。かといって、理科の先生が英語で教えていいかというと、カリキュラム上の問題がありますし、生徒が授業についていけないことを心配する保護者も出てきます。
でも、CLILがヨーロッパで普及している教育アプローチであることを伝えると、周りの考え方が少し変わる可能性はあると思います。実際に、大学や高校はCLILを積極的に取り入れ始めましたので、今後はもっと教師の考え方が変わってくるのではないか、と期待しています。
―小学校の英語教育では、英語学習に対して子どもたちの動機づけをすることが難しい、という課題があるようです。CLILには、動機づけという点でどういう利点があるのでしょうか?
小学校でCLILの授業をしている先生たちは、「CLILが動機づけになる」と言います。つまり、発音や単語の練習、歌やゲームなどの授業、正確さを大事にするような授業だけだと、生徒たちは飽きてしまうんですね。高学年の子どもや塾で英語を勉強しているような子はそれでやる気がなくなってしまうこともあります。それは、扱っている内容がつまらないからです。
そこに、理科や社会の内容をもっていくと、その内容に興味をもった子どもたちは、その興味が英語への興味とつながっていきます。
例えば、イタリアの小学校を視察したとき、理科の先生と英語の先生がCLIL授業を行っていました。理科の内容は、動物についてだったので、子どもたちは動物に関するポスターを英語でつくって説明するのですが、難しい学術名の動物の名前も全部覚えていて驚きました。とても活発で、学びの多い授業だったことが印象的でした。
だからこそ、特に小学校においては、英語を介して子どもの好奇心や興味を引き出す、CLILのような多様な学びが入っている授業がいいのではないかと思います。
─小学校の先生たちは、自分の英語力に自信がないという理由で、英語の授業に不安を抱えているようです。CLILは、そのような不安を払拭することもできますか?
できると思いますね。英語を完璧に話す必要はないのではないでしょうか。学校の先生は正しいことを教えなければならないのかもしれませんが、自分が英語の専門ではないことはわかっているわけですから「間違えたってしょうがないじゃないか」という考え方も必要だと思うんです。
間違って当たり前だと思いますし、先生も子どもたちと一緒に英語学習を楽しんでほしいですね。世界にはいろいろな英語があるわけですから、通じるか通じないかが大事です。
CLILには、Translanguaging(トランスランゲージング)(※3)というバイリンガリズム(二言語使用)の考え方が取り入れられています。基本的には、バイリンガル話者がお互いに日常的に話すときには、使いやすい言語を使う、ということですね。それでコミュニケーションが成立しているわけですから、問題ないわけです。
そのようなTranslanguagingは、授業活動の中でも起こります。CLILではそれを肯定的に捉えています。そこでは、子どもたちが英語と日本語の二つの言語を自然に使うことを奨励します。
言語の間違いは化石化してしまう(定着してしまう)ということも言われていますが、もしそうなったとしても、成長するにつれて、その言語を使う状況を通じて、正しい言語を使おうとするようになると思うんです。
ですから、小学校の段階で、「教師が間違ったことをしてしまうと子どもに悪影響を与えてしまう」という考え方を変えてみたらいいのではないかと思います。
─従来の英語の授業をするよりもCLILの授業をしたほうが、英語への自信のなさは和らぎますか?
CLILで一番大事なことは、意味を伝えるということです。違う言語で意味が伝わったという体験をすることはすごく大事で、それが自信になり、その言語を使おうとする動機になります。発音の多少の間違いも気にならなくなっていきます。
例えば、小学校の家庭科の調理実習でジェスチャーも交えながら英語で教えたとします。すると、調理の内容から子どもたちは意味がわかる、意味が伝わる、という体験ができて、英語の表現も覚えてしまいます。
このように、CLILの授業では、意味のやりとりをできる場面や瞬間を比較的多くつくります。買いものの場面などを想定した言語活動はよく行われていますが、あまりタスクをつくってしまうと、単なるやりとりの練習になってしまって、つまらない活動になってしまいます。CLILのように「内容」に焦点を当てた授業であれば、自然に意味のやりとりを体験できる状況をつくりやすいと思います。
英語と日本語が混ざっていてもいいのです。自分が言おうとする内容が伝わるか、相手が言おうとする内容が理解できるか、という意味のやりとりを重視する考え方が大切です。
英語の教師は、つい発音や文法の間違いが気になってしまいますが、意味が伝わるような間違いであれば指摘しなくてもよいと思います。私は、常にCLILのマインドセットを忘れないようにして、できる限り授業は英語で行いながらも、英語だけで授業をすることよりも意味のやりとりを大事にします。そして、どのような内容を扱うか、ということをいつも考え、生徒たちとコミュニケーションをとりながら、思考させる質問(例:What do you think of 〜?)をするようにしています。
─教師にとって、CLILにはどのような魅力があるでしょうか?
やはり授業を工夫できることでしょうね。自分が好きなスタイルで教えていいのではないかと思っているんですね。文法訳読の授業でも、文学を素材として使うことでCLILっぽくしようと思えばできます。例えば、ムーミンの文学を英語で読む、という授業をやったことがあるのですが、英語や日本語を使いながら思考してみると、ムーミンのイメージが変わったり、フィンランドの文化がわかったりして、おもしろい授業になりました。
先生方は、生徒指導や受験・部活動の指導に追われて毎日忙しいと思いますが、CLILは、自分が好きなものを取り入れて工夫できることが魅力であり、授業をすることがおもしろくなります。
自分の教え方を何か変えたいなと思ったときに、CLILはよいきっかけになるはずです。自分の個性を出した授業ができるということは、長い目で見れば、教師冥利に尽きると思います。
英語は、理科でも社会でも、何にでもつながります。英語の素材はYouTubeなどにたくさんありますし、理科や社会の先生が少し英語を使って授業をしてみてもいいんです。国語の先生であれば、日本語や日本文化を学びたい海外の人々との交流においては、英語の先生よりも重要な役割を果たせることもあります。
英語以外の教科の先生方も、英語を使える人は増えてきていると思いますし、英語を教えることは、英語教員だけの仕事とは限らないのではないかと思いますね。
─小学校の先生の場合は、一人の先生がいろいろな教科を教えます。中学校や高校の先生よりもCLILを取り入れやすいでしょうか?
そうですね。いろいろな教科を教えている先生は柔軟性がありますよね。英語が専門ではないにもかかわらず、英語を一生懸命教えている姿を見ても、教え方が上手だと思いました。教え方の基本ができているので、あとは英語に慣れるだけです。
世間の英語教育に対する考え方がもっと柔軟になって、ICTが整備されてくれば、いろいろなことが可能になると思います。
そういう面では、小学校の先生は、中学校・高校の先生よりも、CLILを取り入れるのに適しているのではないでしょうか。
ただし、小学校の先生は忙しいという問題があります。教育委員会や校長先生が「CLILをやりましょう」と言ったら、「また新しいことをやらなければならない」、「また研修を受けなければならない」というふうに、CLILがお荷物になってしまうかもしれません。
でもそうではなく、CLILを取り入れると、授業が楽になる、楽しくなる、生徒が喜ぶ、というように考えて、気楽に取り組んでもらいたいと思っています。実際にCLILにはそのような効果が出ていますし、CLILは世界中で行われているIB(国際バカロレア)教育やバイリンガル教育に近い教育です。
CLILは、とにかく「楽しい」授業なんです。教師が楽しくなければ、学習者も楽しくありませんから、授業というのは楽しくやることが大切だと思っています。
―日本では、現状、CLIL教師の養成について、どのような取り組みが行われているでしょうか?
J-CLILでは、私とBrian Shaw先生(CLIL Academy代表取締役)(※4)、中井理恵先生が中心メンバーとなって、CLIL教員研修プログラム(CLIL Teacher Education Program)を始めようと考えています。英語の先生やCLILに興味のある各教科の先生に参加していただいて、コース修了後には自信をもってCLILの授業をできるようになるプログラムを提供すべくただいま準備中です。
基本的なCLILの理論を学んだうえで、ワークショップ形式で実際に教材をつくってみたり、授業運営や指導案、ICT活用、授業を活性化する活動、評価方法などについて学んだりします。英語科の教師と他教科の教師がお互いの知識や実践経験、アイデアをシェアする場もつくろうと考えています。
ただし、「絶対こうである」というふうにマニュアルを与えるのではなく、先生方が自分なりのCLILを見つけられるようになってほしいと思っています。
―CLIL教師養成プログラムは、いつごろから開始予定でしょうか?
講師には、池田真先生(上智大学)や柏木賀津子先生(大阪教育大学)など、J-CLILの先生に加えて、ヨーロッパでCLILを推進しているDo Coyle先生、David Marsh先生など、素晴らしい先生方を迎え来年度からスタートする予定です。
また、J-CLILでは、日本におけるCLIL授業の実態やCLIL教師の意識を明らかにするため、CLILの実態調査も行っています。その結果は、10月に開催予定のJ-CLILの大会で発表予定です。このような活動を通して、CLILの実践が少しずつ広まっていって、教育全体が子どもたちや若い人々のニーズに合うようになっていったらいいなと思います。
─J-CLILには、先生方からの問い合わせも多いのでしょうか?
そうですね。学会にはたくさんの方が集まっていますが、英語の授業に満足していない先生、どうもうまくいかなくて何か解決策を探している先生が多いですね。意外にも、英語を教えることそのものが好きな人はCLILに興味を示さない傾向があるようです。
新しく入会される方も増えています。以前よりもセミナーやワークショップをオンラインで配信するようになったおかげで、地方の方も会員になってくれています。
でも、中学校はカリキュラムの縛りが強く、教科の枠がしっかり決まってしまっているので、CLILが爆発的には広がることはないと思います。おそらく、各学校でそれぞれの先生がCLILを工夫して実践している状況ではないでしょうか。カリキュラムが多様で柔軟な高校、高専、大学などのほうがCLILは広まっているようです。
─CLILの授業を行うと、どのような能力が身につくでしょうか?
英語の教員であれば、いろいろなトピックを扱えるようになりますね。文学、時事問題、SDGs(※5)、国連、ユニセフなどにも詳しくなります。私は医学部で英語を教えていたので、医療関係のことにだいぶ詳しくなり、英語で書かれた医療分野の資料が理解できます。
CLILやESPは、「(英語以外の)専門性がないとできないですよね?」という質問を受けるのですが、逆に専門じゃないからできるんです。英語の授業で取り扱う内容について、抜群の専門性がなくても、生徒や学生が知っている場合があります。お互いに学び合えばいいんです。
笹島教授(笹島, 2020)によると、CLIL はバイリンガル教育やイマージョン教育などと重なるアプローチです。ただし、単に「英語だけで教える」という教育ではなく、英語と日本語の両方を活用し、内容(教科科目やテーマ)の学びとともに両言語の力を伸ばすことを意図している、という点、また、それら従来の教育アプローチやいくつかの学習理論を取り込みながら授業が柔軟かつ多様である、という点において、CLILのユニークさがあります。
そして、その柔軟性・多様性がCLILの最大の魅力なのです。CLILは、「4つのC」など、基本的な原則はあるものの、目の前にいる生徒たち、そのときの状況に合わせて、学習効果をいかに最大限に引き出すか、という工夫が重要です。この工夫が教えることの楽しさやおもしろさにつながり、教師の専門性や個性、スタイルを活かすきっかけになります。
「CLILをやりたいけれど、どうしたらいいかわからない、という先生方を支援していきたい」と話す笹島教授。CLILは、英語教師の授業に対する考え方を変え、「授業が楽しい!」という教師を全国に増やす可能性を秘めた教育アプローチなのではないでしょうか。
(※3)バイリンガルやマルチリンガルは、複数の言語資源を流動的に交差させながら統制し、異なる言語間の境界線(文字や音韻、構造、語彙、社会文化的背景などのあらゆる違い)を超越して言語を理解し使用する、という概念(Wei, 2018)。このような二言語使用は、近年、効果的にコミュニケーションを図ろうとするバイリンガル特有の能力として肯定的に捉えられている。
(※4)アメリカ出身の英語教師。専門は、数学や物理、エンジニアリング、コンピュータ・サイエンスであり、IT業界で13年の経験をもつ。2009年、日本で教育コンサルタント会社「Ei-Com」(現在CLIL Academy)を立ち上げる。文部科学省によって「スーパーグローバルハイスクール」や「スーパーサイエンスハイスクール」に指定された学校を含め、日本の中学校や高校にて、数学や物理などを英語で教えている。
(※5)国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で2030年に向け世界全体が共に取り組むべき普遍的な目標として設定された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。SDGsを達成するためには、人文・社会科学と自然科学といった異なる分野の連携が重要だと考えられている(文部科学省, 2018)
【取材協力】
笹島 茂教授(東洋英和女学院大学 国際社会学部 国際コミュニケーション学科)
<プロフィール>
専門は、英語教育、言語教師認知、CLIL、CEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)、ESP、臨床教育学。オーストラリアのニューイングランド大学(応用言語学)でMA、スコットランドのスターリング大学 (教育学部)でPhDを取得。埼玉県高校教諭、埼玉医科大学医学部教授を経て現職。J-CLIL(日本CLIL教育学会)会長。JACET(大学英語教育学会)監事。
J-CLIL(日本CLIL教育学会):https://www.j-clil.com
■関連記事
Armstrong, P. (2010). Bloom’s Taxonomy. Vanderbilt University Center for Teaching. Retrieved April 28, 2021 from
https://cft.vanderbilt.edu/guides-sub-pages/blooms-taxonomy/
J-CLIL(2017). 「CLILとは」. Retrieved from
Wei L. Translanguaging as a Practical Theory of Language. Appl Linguist. 2018 Feb; 39(1): 9-30.
https://doi.org/10.1093/applin/amx039
笹島茂(2020).「教育としてのCLIL」. 三修社.
文部科学省(2018).「持続可能な開発目標達成のための科学技術イノベーション(STI for SDGs)の推進 に関する基本方針」. Retrieved from
https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/kokusai/sdgs/__icsFiles/afieldfile/2018/08/31/1408737_2.pdf