日本の子供たちが、英語を身につけて ミライに羽ばたくために。
2021.06.09
■今回の悩み・疑問
バイリンガル環境で子どもを育てると、子どもの言語発達が遅れる原因になりますか?
■回答
二つの言語にふれる環境が言語発達遅滞の原因になることはありません (Baker & Wright, 2021, p. 96)。ただし、それぞれの言語にふれる量などから影響を受けて、一方の言語がモノリンガル環境で育つ子どもよりもゆっくりとしたペースで発達しているように見える時期を経験する子どももいます。この場合は、言語発達の遅れや言語障害と結びつけられるべきではありません。
先行研究の概要紹介 〜第2回:語彙学習について〜
【目次】
子どもは、数カ月前後の個人差はありますが、生後12カ月ごろになると、初語(周りの大人たちが意味を理解できる最初の語)を発するようになります(佐々木, 2007)。では、バイリンガルの場合は、どうなるのでしょうか。
英語とフランス語にふれながら育っているバイリンガル児13人を追跡調査した研究(Goodz, 1994)や、同じく英語・フランス語のバイリンガル児6人を調査した研究(Nicoladis, 1994)では、少なくとも一方の言語では、初語の出現がモノリンガル児と同時期であることが報告されています。
また、フランス語・英語のバイリンガル児(3人)と音声言語(フランス語)・手話言語(ケベック手話)のバイリンガル児(3人)を1年間に渡って調査した研究(Petitto et al., 2001)では、「音声」と「手話」という異なった形態で二言語に触れて育っている後者のバイリンガル児も含めて、各言語のモノリンガル児と同時期に、両言語で初語が出現したことがわかりました。
また、初語を発するようになった時期の語彙には、名詞(例:動物や食べものの名前など)が圧倒的に多く、語彙の量が増えるにつれて、述語(例:動詞や形容詞など)、そして機能語(例:冠詞や前置詞など)の割合が増えていくという語彙発達の特徴があります。英語・スペイン語のバイリンガル児64人を同年齢で同じ語彙量のモノリンガルと比較した研究(Conboy & Thal, 2006)によると、このような特徴にも差が見られないことがわかっています。
子どもは、生後から1年が経つころになると、周囲で聞こえる音声の中から聞き慣れた語彙を認識できるようになり、これは語彙学習能力の一つです(Paradis et al., 2010)。英語・ウェールズ語のバイリンガル児28人を調査した研究(Vihman et al., 2007)によると、そのような語彙認識力が現れた時期は、両言語とも英語モノリンガル児と同じ生後11カ月ごろでした。
さらに、語彙を学習するには、語彙とそれが表す事物(意味)を結びつける必要があります。このような能力をテストした研究では、バイリンガル児もモノリンガル児と同様に生後14カ月でそのような能力が達成された、という結果が出ました(Werker et al., 2009)。
ただし、音が似ている二つの語彙(一つの音しか違わない語彙ペア/例:“bih”と“dih”)を同時に学習する場合は、英語モノリンガル児は生後17カ月、英語・他言語のバイリンガル児は生後20カ月を要し、わずかな年齢差があったことが報告されています(Fennell et al., 2007)。しかし、この実験では、語彙が英語話者によって発音されていることに注意が必要です。例えば、“bih”と“dih”は、英語のみを話すモノリンガルが発音する場合と、英語・フランス語のバイリンガルが発音する場合では、異なる音声に聞こえるかもしれません。英語とフランス語の両方に触れて育っているバイリンガル児にとっては、英語話者が発音する“bih”と“dih”よりも、英語・フランス語のバイリンガルが発音する“bih”と“dih”のほうが聞き分けやすかった可能性があります。
実際に、同研究者らがのちの研究で英語・フランス語のバイリンガル児30人を調べたところ(Fennell & Byers-Heinlein, 2014)、音声が似ている二つの語彙(英語にもフランス語にも存在しない語彙ペア /kɛm/と/gɛm/)であっても、バイリンガル話者によって発音されれば、モノリンガルと同じ生後17カ月で学習できたことがわかりました。また、普段フランス語よりも英語に触れる機会のほうが多いバイリンガル児や、英語モノリンガルとして育ってきた親から英語で語りかけられる量が多いバイリンガル児は、英語話者によって発音された場合も生後17カ月で学習が可能である、という結果も出ました。
このように、日常的に聞いている言語の音声的特徴で発音されるかどうかによって学習のしやすさが変わること、そして、それはモノリンガルも同じであることは、別の研究(Mattock et al., 2010)でも明らかになっています。さらに、音の違いが子音(例:bihとdih)ではなく母音(例:betとbat)である場合は、同じ生後18カ月であっても、モノリンガルは学習できず、バイリンガルは学習できた、という研究結果(Singh et al., 2017)もあります。
つまり、このような語彙学習はバイリンガルのほうが遅い、とは一概に言えないのです。そして、これらの先行研究から、バイリンガルの語彙学習能力がモノリンガルよりも劣る、ということはないと考えられます。
上記の語彙学習能力の研究からは、日常生活におけるインプットと語彙学習が密接に関係していることがわかります。
英語・スペイン語のバイリンガル児(生後8〜30カ月)25人を調査した研究(Pearson et al., 1997)では、それぞれの言語の語彙量は、日常生活におけるその言語への接触量と関係していたことが報告されています。英語・スペイン語のバイリンガル児(生後30カ月)26人を対象にした別の研究(Marchman et al., 2009)でも同様の結果となり、さらに、二つの写真を見せながらいずれかの写真内容を表す語彙(※1)を音声で聞かせ(例:Where is the car?/車はどこにありますか?)、子どもが語彙とマッチする写真のほうを見るかどうか、という実験をしたところ、英語の語彙量のほうが多い子どもほど英語のとき、スペイン語の語彙量のほうが多い子どもほどスペイン語のときに反応が速いことがわかりました。
つまり、語彙処理スピードと語彙量には強い相関関係があったのです。そして、日常生活におけるインプット量が多い言語ほど語彙処理スピードが速いこと、そして、インプット量と語彙処理スピードの両方がその後の語彙量の増加に影響することも報告されています(Hurtado et al., 2013)。
また、モン語(※2)と英語のバイリンガル児(3〜5歳)32人を対象にした研究(Kan & Kohnert, 2012)では、複数回に渡ってそれぞれの言語で新しい語彙に触れさせる実験(※3)が行われました。この子どもたちは、モン語が第一言語(家庭で主に話されている言語)であり、アメリカのプリスクールで英語を第二言語として学んでいます。結果、第一言語と第二言語で熟達度の差があるにもかかわらず、各言語でインプットの質と量が同じであれば、両言語とも同じペースで新しい語彙を学習したことがわかりました。
これらの先行研究から、インプットと語彙学習は密接に関係していると考えられます。現実的に、バイリンガルの日常生活において二言語のインプット量が同等であることは稀であり、それぞれの言語にふれる量に差が生じることによって、一方の言語が優勢になると言われています。つまり、優勢でない言語のほうは、その言語のみを話すモノリンガルよりも発達のペースがゆっくりになるかもしれない、ということです(Yip, 2013)。
例えば、母親が英語、父親が日本語を話す家庭の子どもは、家庭外で日本語に触れる機会が少ない限りは、毎日母親と接する時間が長いことにより、英語のインプット量のほうが多くなります。すると、英語の語彙のほうが多くなり、英語が優勢言語となるのです。よって、優勢でない日本語のほうで語彙量を評価した場合、日本語モノリンガルよりも語彙が少なく見えるかもしれませんが、優勢である英語のほうで語彙量を評価した場合、英語モノリンガルと同等に見えるかもしれません。
この点に着目し、英語・スペイン語のバイリンガル児の語彙量を各言語のモノリンガル児と比較した研究(Pearson et al., 1993)があります。英語が優勢なバイリンガル児と英語モノリンガル児、スペイン語が優勢なバイリンガル児とスペイン語モノリンガル児を比較した結果、表出語彙数(発語できる語彙)については有意差が認められず、理解語彙数(聞いてわかる語彙)についてはバイリンガ児がモノリンガル児を上回りました。
なお、英語が優勢言語であったとしても、毎日、父親から日本語で話しかけられる時間もあるため、両親が英語を話す家庭の子どもと比較すると、英語のインプット量も語彙量も少ないかもしれません。また、周囲の言語環境が変われば、優勢言語も変わります。そのため、バイリンガル児の優勢言語のみを評価することも適切ではありません。また、母親と食事をする機会が多ければ、食事に関する語彙は英語のほうが多く、父親と外遊びをする機会が多ければ、外遊びに関する語彙は日本語のほうが多い、というふうに、各言語で獲得している語彙の質や領域が異なる可能性もあります。
さらに、子どもの優勢言語が社会の少数派言語である場合は注意が必要です。子どもであっても、社会の多数派言語(例:日本における日本語)を話す相手に対しては、たとえ、それが優勢言語でなくても、同じ言語で話そうとすることがわかっています(Paradis and Nicolas, 2007)。
例えば、日本に住んでいる日本語・ポルトガル語のバイリンガル児が語彙発達の検査を受けたとします。この子どもの優勢言語は、ポルトガル語です。しかし、日本で主に話されている言語は日本語であることを知っていて、検査の担当者が日本語を話す人だとわかれば、得意ではないほうの日本語で話そうとする、ということです。そうすると、結果的に優勢でない日本語のほうで語彙発達を評価されてしまうことになり、日本語モノリンガル児よりも「遅れている」とみなされてしまう可能性があるため、注意が必要です。
このように、バイリンガル児の片方の語彙量を、一つの言語のみにふれて育っているモノリンガル児と比較することには注意が必要であり、そのような安易な比較によって言語発達が正常かどうかを評価するべきではないことは明らかです。
〜次回は、バイリンガル児の語彙発達を評価するときの注意点について紹介します〜
(※1)実験で使われた語彙は、親による報告に基づき、子どもがすでに知っている語彙の中から選ばれた。
(※2)タイやミャンマーで話されている言語。
(※3)子どもにおもちゃや工作物など(名称がない物体)を見せながら「これは〜です。カゴに入れてください。」、「〜をカエルさんにあげてください」、「これは何ですか?」というように、双方向のやりとりの中で新しい語彙(計16個)にふれさせ、その新しい語彙を理解・産出できるかが調べられた。
Baker, C., & Wright, W. E. (2021). Foundations of bilingual education and bilingualism (7th ed.). Multilingual Matters. Bristol, UK: Multilingual Matters.
Conboy、B.T. & Thal, D. J. (2006). Ties between the lexicon and grammar: Cross-sectional and longitudinal studies of bilingual toddlers. Child Development, 77(3), 712-735.
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